研究 (Research)
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芳香環を密に接近させたπクラスターシステムの構築とその物性の解明 (Synthesis and investigation of aromatic-rings congested π-cluster systems)
助教 西内 智彦(理学研究科 化学専攻) NISHIUCHI Tomohiko(Graduate School of Science)
研究の概要
ベンゼン環を基本骨格に持つ多環芳香族炭化水素(PAH)は様々な分子骨格を持つものがこれまでに合成され、その一部は有機半導体や有機発光ダイオードに代表される有機デバイスの開発にも展開されている。本研究では、多様な分子骨格を有するPAHが存在する今日において、複数の芳香環の面同士を炭素のファンデルワールス半径の和である3.4 Åよりも接近させたπクラスターシステムに注目し、芳香環が密集することで初めてみせる独特な物性の解明を目的としている。
研究の背景と結果
大きなπ平面を有するアントラセン(Ant)と呼ばれる芳香環を2.8 Åという非常に近い距離で対面型に密接させた環状πクラスターを分子内環化反応によって効率よく合成し、密接させたことによって発現する物性について詳細に調べた。すると元々赤色を示すこの化合物の溶液に光を照射することで、速やかに退色し無色の溶液へと変化し、分子内のAnt 間で二つの単結合を形成した分子骨格へと異性化することを確かめた。この光照射による異性化は固体状態でも容易に進行し、結晶に対して光照射を行うと異性化に伴って結晶が飛び跳ねる光サリエント効果と呼ばれる現象がみられた。また光異性体は加熱によって70℃程度で元の赤色を示すπクラスターへと戻り、固体をすり潰すことによっても容易に分子骨格を変化させることが出来ることを見出した。この光や熱で容易に分子骨格を変化させる特徴を利用することで、光と熱で着色・脱色が可能な紙を作成することにも成功した。
最近では、分子間距離に依存して明確に光学物性を変化させるシステムを発見した。トリフェニルメチル(TPM)カチオンは、1901年に初めて報告された三つのフェニル基がsp2炭素に密集したカルボカチオンで、より容易に取り扱えるよう窒素原子や酸素原子をその分子骨格に導入して安定性を付与した様々な誘導体が合成され、今日ではその反応性を利用した触媒としての応用や細胞染色用色素として広く利用されている。一方で無置換のTPMカチオンは、溶液中では発光しないことが知られていた。私はそのTPMカチオンが結晶状態で発光すること、低温にすることでオレンジから黄色へと変化する事、低温化でりん光発光を示すなど、これまでに見出されていなかった数々の物性を初めて明らかにした。低温下における光学特性の変化は、TPMカチオンとそのアニオンとの距離が温度に依存して変化する事が原因であることを突き止め、温度を刺激とした物性コントロールに繋がることを見出した。
研究の意義と将来展望
複数の芳香環を密集させると、芳香環同士のπ電子軌道が相互作用することでその芳香環が一枚の時とは全く異なる物性、例えば吸収・発光挙動の変化や電子供与性・受容性の変化、さらには光照射による分子骨格の異性化やその固体をすり潰すといった物理的刺激を与えることによる分子骨格の変化に伴う吸収・発光色の変化など多様な挙動を示す。すなわち芳香環を密接させるという単純なコンセプトで様々な物性を引き出すことが可能となる。一方で芳香環を密集させた分子は、合成の際に低収率で得られるなど困難が伴う場合が多く、その分子骨格は限られていた。そこで効率よくπクラスターシステムを構築することにも注力して分子骨格の多様化を行っており、様々な用途に使用できる汎用性の高い機能性材料としての展開も見据えている。
担当研究者
助教 西内 智彦(理学研究科 化学専攻)
キーワード
多環芳香族炭化水素/πクラスター/外部刺激応答性/発光特性/クロミズム特性
応用分野
有機電子材料/センサー