研究

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脳の構造と機能を模した人工ニューラルネットワークの開発とその学習能力の評価

特任准教授 河合 祐司(先導的学際研究機構 附属共生知能システム研究センター)

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研究の概要

脳は膨大な数の神経細胞のつくる巨大なネットワークです。これは完全に規則的でもランダムでもない複雑なネットワークであり、このネットワーク上での神経活動が情報を処理し、生物の知的なふるまいを可能にすると考えられています。我々は脳ネットワークの構造的な性質を人工ニューラルネットワークに導入することでその学習性能を向上させ、また、そのダイナミクスを分析することで脳の構造と機能の関係についての理解を深める研究をしています。これまでに、その構造的性質の一つであるスモールワールド性を用いて、脳のようなネットワーク内の情報伝達性とネットワーク構造の変化に対する頑健性に優れた再帰性ニューラルネットワークを開発することに成功しています。

研究の背景と結果

脳ネットワークに存在するスモールワールド性は、脳領域間の局所的結合(クラスタ)が多く、少数の長距離結合(ショートカット)で効率的に素早く情報を伝播できるという性質です。我々はその性質が神経計算に与える効果を調査するために、再帰性ニューラルネットワークの一種であるエコーステートネットワーク(レザバーコンピューティング)を用いました。一般的なエコーステートネットワークは内部に重み固定のランダム結合ネットワーク(レザバー)を有し、入力が誘発するレザバー内の複雑なダイナミクスから出力時系列を学習します。この本来ランダム結合のレザバーネットワークにスモールワールド性を持たせ、その時系列学習の性能を評価しました。その結果、レザバーネットワークの持つ長距離結合により、入出力間の情報伝達が素早く行われ、かつ、その多くの局所結合により、より広い範囲のネットワークパラメータに対して頑健に学習が可能になることを明らかにしました。一方で、局所結合のみのレザバーネットワークでは入出力間の長距離伝達の間に入力情報が消えてしまい、また、ほとんどの結合が長距離のランダムなレザバーネットワークはネットワークパラメータに非常に敏感であり限られた範囲のパラメータのみでしか適切に動作しないことがわかりました。また、ヒト脳から実際に計測された解剖学的結合を用いて同様のエコーステートネットワークを構成し、ヒト脳レザバーも上記と同様の学習特性を有することを確認しました。さらに、より生体ニューロンに近いふるまいをするスパイキングニューロンモデルを用いてスモールワールドネットワークを構成し、神経活動をシミュレートした結果、その多くの局所結合が神経活動の乱雑さを低減させ、ヒトの脳波研究と類似した傾向を示すことがわかりました。これはこのスパイキングニューラルネットワークが上記と同様に変動に対して頑健である可能性を示唆します。

研究の意義と将来展望

脳の構造を模したニューラルネットワークを研究することで、その学習性能の向上だけでなく、脳の情報処理の理解や脳ネットワークの進化的・発達的起源に迫ろうとしています。生物は低消費電力の脳を用いて、変動する環境に頑健かつ即時的に適応し、経験を通して機能を獲得し、自律的に目的を達成していきます。そのメカニズムの解明は、そのような高度な情報処理と行動を実現する脳型人工知能やロボットシステムの開発につながると期待されます。また、自閉スペクトラム症などの非定型な脳ネットワークをシミュレートすることで、その障害の神経メカニズムを理解することも目指しています。

担当研究者

特任准教授 河合 祐司(先導的学際研究機構 附属共生知能システム研究センター)

キーワード

ニューラルネットワーク/複雑ネットワーク/スモールワールドネットワーク/レザバーコンピューティング/脳型コンピューティング

応用分野

脳型人工知能/ロボット制御/医療・ヘルスケア

参考URL

【個人HP】http://www.er.ams.eng.osaka-u.ac.jp/kawai/hp/
【研究室HP】http://www.er.ams.eng.osaka-u.ac.jp/asadalab/

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2022(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。