研究

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単一分子素子の電気伝導度計測と解析

助教 大戸 達彦、准教授 山田 亮、教授 夛田 博一(基礎工学研究科 物質創成専攻 未来物質領域)

  • 理工情報系
  • 基礎工学研究科・基礎工学部

研究の概要

人間が作ることのできる最小単位の部品である分子1つを電極間に架橋した単一分子接合は、電子デバイスの小型化や有機物ならではの電気応答の利用に向けて研究が進められている。単一分子の架橋構造を直接視認することはできず、電気伝導度の計測を通じて分子架橋を確認することになるため、単一分子デバイスの電気伝導特性の計測と評価の手法を確立することは重要な課題である。我々は、ブレークジャンクション法と教師なしクラスタリング、第一原理計算を組み合わせることで、架橋構造の特徴に従って電気伝導度を分類する手法を開発し、3脚型アンカー部位を用いた分子の架橋構造解析に応用した。

研究の背景と結果

分子一つを金属電極間に架橋させて「単一分子接合」を形成し、そこに電流を流してデバイス応答を調べる研究分野は分子エレクトロニクスと呼ばれ、分子という最小単位からボトムアップ方式で極小デバイスを作製する可能性の実現に向けて研究が進められている。単一分子接合の電気伝導度を測定するために広く用いられているブレークジャンクション法とは、電気伝導度を測定しながら金の細線をゆっくり引き延ばして破断させるという方法である。ある確率で分子が電極間に架橋すれば、電気伝導度のヒストグラムに分子の電気伝導度がピークとして現れることから、架橋した分子の電気伝導度を知ることができる。この測定は金の細線の破断を数万回繰り返して積算し、その結果は一般的に幅広い電気伝導度ヒストグラムとなる。このような幅広い分布は、複数の異なる分子架橋構造が異なる電気伝導度を示すことから生まれると考えられているが、架橋構造に対応してピークを分類することは容易ではない。
一方で、ブレークジャンクション法の測定データは比較的短時間に数万ものデータが得られ、またそのデータは数種類に分類可能であると考えられることから、データサイエンスの手法の応用に適していると考えられる。本研究では、効果的に電極間の電子輸送を可能とする3脚型アンカー部位を持つ分子の解析を行った。電気伝導度の測定から得られた幅広い伝導度ヒストグラムに隠れた分子架橋構造を分類するため、平均の電流電圧曲線と個々の電流電圧曲線の間の類似度を指標とした教師なしクラスタリングを適用した。クラスタリングの結果、全データを3つの電気伝導度ピークに分類することができた。第一原理計算による架橋構造探索の結果によっても3種類の架橋構造の存在が示唆されたことから、3種類の異なる架橋構造に由来する3種類の電気伝導度が測定されたと結論づけることができた。この手法は、複数の架橋構造を持つ単一分子接合の解析に有用であると考えられる。

ブレークジャンクション法による測定結果と電気伝導度ヒストグラムのクラスタリング。左上図のようにポリイミドをコートしたリン酸銅基板に金の細線を蒸着し、基板を曲げることで電極の破断を繰り返しながら電気伝導度を測定する。得られた電気伝導度ヒストグラムには、2つのピークがみられる。平均の電流―電圧曲線と個々の電流電圧曲線の類似度をもとにクラスタリングを行うと、分子架橋の認められる成分としては3種類のピークが存在することがわかった。
第一原理計算による電極間距離に依存した架橋構造の予測。分子が左右対称に電極と接続する構造と、左右非対称に接続する構造を用意し、電極間距離を変えながらポテンシャルエネルギーを計算する(この曲線をポテンシャルエネルギー面(PES)と呼ぶ)。極小点として現れる構造は実験でも電気伝導度ヒストグラムのピークを与えると考えられる。左右非対称な構造でのPES には、電気伝導度の異なる複数の架橋構造が出現する。

研究の意義と将来展望

データサイエンスの手法の1つである教師なしクラスタリングを用いることで、大量の実験データを物理化学的に意味のある形に分類し、分子架橋構造の決定に結びつけることができた。今後は、参照データを用いないクラスタリングなど、最先端のデータサイエンス手法を単一分子エレクトロニクスに応用することで、より精密な電気伝導特性の評価を目指していく。加えて電気伝導度を理論的に評価するための第一原理的手法に量子コンピューティングを導入することで、単一分子デバイスの伝導特性に関する精度の高い理論予測を実現し、新しい分子デバイス開拓と性能評価を推進していく。

担当研究者

助教 大戸 達彦、准教授 山田 亮、教授 夛田 博一(基礎工学研究科 物質創成専攻 未来物質領域)

キーワード

単一分子エレクトロニクス/ブレークジャンクション/第一原理計算/機械学習

応用分野

エレクトロニクス/スマートデバイス

参考URL

http://molectronics.jp/

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2022(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。