研究

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多様性社会にみる包摂性とワーク・ファミリー・バランス

教授 高橋美恵子(人文学研究科)

  • 人文学社会科学系
  • 人文学研究科・文学部・外国語学部

研究の概要

本研究は、多様な働き方と家族形態・ライフスタイルの多様化が進むスウェーデンをはじめとするEU先進諸国における子育て世代のワーク・ファミリー・バランス(WFB:仕事と家庭生活の調和)に向けた取組みと実践をジェンダーと比較の視点から実証的に考察するものである。WFBを仕事と家庭の両立の実現のみでなく、ディーセント・ワークと親子双方のウェルビーイング(well-being)の実現を目指すものとして捉える。多様な生き方・働き方を包摂する社会のあり方を考え、日本への示唆を探る。

家庭領域(ミクロ) 職場領域(メゾ) 社会領域(マクロ)
本人の財(収入・学歴)
配偶者の財
カップル間の仕事・家事・育児分担
権力関係
家族・友人ネットワーク
企業文化
職場の風土
マネジメント
仕事の柔軟性・自己裁量度・安定性
職場の男女比
労働組合の影響
社会的権利
国のWLB/WFB施策・各種休業制度
地域ネットワーク    
保育・ケアサービス
社会セクター
個人のワーク・ファミリー・バランスに影響を与える要因

研究の背景と結果

ワーク・ライフ・バランス研究にアマルティア・センが提唱したケイパビリティ・アプローチを援用し、新たな分析枠組みを提示したBarbara Hobson(ストックホルム大学)らとの連携協力のもと、子育て世代が性別にかかわらず、自己のケイパビリティを生かして諸制度を活用し職場と家庭領域で調整を行い、WFBを実現するために有効となる方策を多角的な視点から探求してきた。Hobson率いるEUの研究プロジェクトThe Changing Relationship between Work, Welfare and Gender Equality in Europe(2007年~2011年)での共同研究を出発点として、エラスムス大学ロッテルダムの研究者とベルリン父親センターの連携協力も得て、スウエーデン、ドイツ、オランダにおけるWFBに向けた取り組みと実践のあり方を家族研究の視座から実証的に捉えることを目指すものとした。

これら3カ国における正規・非正規・フルタイム・パートタイムという多様な働き方、さらに異性カップル・ひとり親・同性カップルといった多様な家族形態を包摂するWFBに影響を与える要因を、社会支援(マクロ)、職場(メゾ)、家庭(ミクロ)の3領域から捉える質的調査を子育て世代の男女と民間企業・関連団体を対象に実施した。その結果、3カ国の共通点として、ディーセント・ワークが実践され、多様な働き方が選択でき、多様な家族形態が包摂され、人々は自己のケイパビリティを活かして諸制度を活用し、仕事と家庭のバランスの取れた生活を可能とする環境が整えられていることを導き出した。早期に「稼得・ケア共同型」社会へと転換したスウェーデンだけでなく、ドイツとオランダでも、幼児期・学童期の子どもをもつ親は、男女とも子どもとの生活時間を優先させて可能な限り働き方を調整し、またそれを可能とする仕組みが国・企業・家庭レベルで整備されている。3カ国に通底するのは、包括的な生活保障システムである。実証研究を通じて、多様性を包摂する社会において、子どものウェルビーイングを実現し、自立性を育み支える環境が重層的に整備されている様相が浮かび上がった。

上梓した編著(慶應義塾大学出版会 2021年)

研究の意義と将来展望

社会的包摂が推進されているスウェーデン、ドイツ、オランダの子育て世代の人々および民間企業等を対象としたインタビュー調査を通じて、法定労働時間内の労働で個人と家族がウェルビーイングを享受できる社会環境が整備され、かつ多様で柔軟な生き方・働き方が選択できる就労システムが構築されていることを実証的に明らかにした。いずれの国でも、働く個人の権利意識が強く、日常生活でケイパビリティ(capability)を行使しており、子育て期の人々は、男女とも子どもの育みを生活の中心に据え、家族との時間を可能な限り優先させている。本研究で得られた知見を基に、家族と個人のエンパワメントに着目し、次世代が育まれる包摂性の視座から、将来の仕事と家庭生活を見据えて自立し、生き方を選択できる社会の仕組みを解明することは、日本の次世代政策の示唆となるものと考えられる。

次世代のケイパビリティを高める仕組みの概念図

担当研究者

教授 高橋美恵子(人文学研究科)

キーワード

ワーク・ファミリー・バランス/ スウェーデン・ドイツ・オランダ/社会的包摂/次世代・子ども/エンパワメント

応用分野

家族政策/子ども・若者政策・教育/ジェンダー平等

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2022(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。