研究

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汎用的で高感度!超臨界流体を用いた新分析法〜粉塵中の有害物質から生体高分子まで迅速かつ高感度に分析〜

教授 豊田 岐聡、特任研究員 本堂 敏信(理学研究科 附属フォアフロント研究センター)

    研究の概要

    中真空化学イオン化(MVCI)は、気体中の微量な揮発性有機化合物を高感度に定量する手法である、プロトン移動反応(PTR)に類似した化学イオン化である。この イオン化法を用いたMVCI 質量分析(MS)は、超臨界流体抽出(SFE)やクロマトグラフィー(SFC)などの手法と組み合わせることで、脂質・脂肪酸などの不揮発性有機化合物の検出に応用でき、かつ非常に高い検出感度が得られることがわかってきた。この方法で、イベルメクチン (分子量 875) までのイオン検出が確認でき、脂肪酸では10~200 amol という極めて低い定量下限が得られることがわかった。この測定方法は、逆相クロマトグラフィーでの分離が困難で、かつ、エレクトロスプレーイオン化法で検出されにくい脂溶性ビタミン類やトリグリセリドなど、低い極性をもつ化合物の分離・分析に極めて有効である。

    研究の背景と結果

    超臨界二酸化炭素 (scCO2) の分析への応用は、1962年、高速液体クロマトグラフに先立って始められた。ちょうど同じ頃、工業的応用として SFE が始められ、1980年代には SFE と SFC をオンライン接続した分析装置が開発され市販されるようになった。scCO2 は、液体に近い密度を持ちながら、液体より一桁小さい粘性をもち、溶質の拡散係数は一桁大きい。この物性的特徴から、SFC は、液体クロマトグラフィーより一桁程度早く物質を分離できる。それのみならず、異性体など極めて類似する構造の分子を効率よく分離することができる。超臨界流体は、温度、圧力の変化だけで物質の溶解度を数桁にわたり変化させることができる。この性質を利用して、コーヒー生豆の組織を壊すことなく、カフェインのみを選択的、かつ安全に除去する加工方法として工業的に用いられてきた。近年では、グリーン抽出法として藻類からの高付加価値成分の抽出法としても注目されている。この特徴は、化学分析においても、植物や食肉などの組織を破壊することなく、効率的な抽出、回収ができることや、オンラインで SFC と接続できることから広く応用されるようになった。我々は、数 μL 以下という微小 SFE ベッセルに、試料を塗布した金属フリットやガラスフィルターをセットし、数十 MPa の scCO2 による SFE を行い、これを直接真空中のMVCI チューブに導入することで、高い検出感度が得られる装置の試作に成功した。Figure 1 は、10 倍希釈したヒト血清 1 µL をフリットに載せ、SFE/SFC-MVCI MS 測定で得られた遊離脂肪酸のクロマトグラムである。標準添加法により、この血清 0.1 µL に含まれるアラキドン酸量を求めたところ、76±5 fmolという結果が得られた。
    MVCI イオン化法は、高い検出感度と、幅広い有機物をイオン化できる特徴に加え、得られるスペクトルの解釈が容易という特徴がある。また,正負イオンいずれの生成も同時に測定可能であり,今回、脂肪酸で高い感度が得られているのはプロトン脱離反応によるものである。我々は、SFE 抽出物をオンラインで SFC に導入し、MVCI MS で検出することで、従来,SFE-MVCI MS として発表してきた方法に比べ、さらに一桁高い検出感度を達成した。SFC によって繰返し性も向上し、安定した定量分析が可能となった。Table 1 は、SFE-MVCI MS で得られた定量下限、Table 2は、 SFE/SFC-MVCI MS で得られた定量下限である。我々は、様々な疾病に関与するとされながら,存在が微量で,異性体が多い脂肪酸の細胞レベルでの定量を目指しているが、今回、アラキドン酸についておよそ 1 fmol の定量下限が得られたことに注目している。脂肪・脂肪酸類は、scCO2 に親和性が高く、SFEおよびSFC で扱い易い化合物であるので、生体試料中の存在量を in-situ で迅速に測定できる可能性に期待するからである。アラキドン酸カスケードとして知られる反応中間代謝物について、炎症箇所など局所的な細胞 in-situ でのSFE/SFC-MVCI MS による測定が可能となることで、さまざまな疾病のメカニズムの解明など、生理学の発展に繋がる期待がある。

    研究の意義と将来展望

    MVCI イオン化が CO2 には不活性であり、SFE の迅速抽出と組み合わせることで、不揮発性有機物の高感度測定ができることは当初から期待していた。今回、脂肪酸について期待を上回る低い定量下限が得られたことで、細胞レベルの脂質代謝研究に応用できる期待が高まった。たとえば体内で生成される脂肪酸の一種、アラキドン酸から派生する一連の代謝物は、痛み、発熱をはじめ、癌、躁うつ病との関連も研究されている。これら脂肪酸は体内に広く分布するが、存在量が少ない上、組織からの抽出操作が煩雑で、量の変化の測定は容易とはいえない。これらが迅速・高感度に定量できるようになれば、炎症箇所等のin-situ 分析が可能となり、生理学の発展に貢献できるのではないかと期待している。

    担当研究者

    教授 豊田 岐聡、特任研究員 本堂 敏信(理学研究科 附属フォアフロント研究センター)

    キーワード

    質量分析/超臨界流体抽出/クロマトグラフィー/中真空化学イオン化

    応用分野

    医療・ヘルスケア/創薬/環境/農業

    参考URL

    https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210512_1

    ※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2022(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。