研究 (Research)
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藻類および植物の葉緑体蛋白質輸送機構の解明とその応用展開 (Elucidation of molecular mechanisms of chloroplast protein import and its applications)
准教授 中井 正人(蛋白質研究所 蛋白質高次機能学研究部門) NAKAI Masato(Institute For Protein Research)
研究の概要
植物や藻類の葉緑体が光合成や窒素同化・硫黄同化により生み出す有機物は、地球上の多くの生命活動の源となっている。これら葉緑体の複雑な機能は、2000種類を超える葉緑体蛋白質が葉緑体に正しく運ばれてはじめて発揮される。この輸送の仕組みは、光合成を営むシアノバクテリアが祖先の真核細胞に内共生したことに端を発し、藻類、植物への進化の過程で確立、また変化を遂げてきた。我々はこれまで、モデル植物シロイヌナズナを主な材料として、2013年に蛋白質を葉緑体に運び入れる新奇な輸送チャネル複合体を、2018年にはこのチャネルを通してATPの加水分解エネルギー依存的に蛋白質を引き込む輸送モーター複合体の同定に成功し、葉緑体蛋白質輸送の分子機構解明に大きく寄与してきた。今回、植物の祖先にあたる緑藻の輸送装置の解明に成功した。
研究の背景と結果
蛋白質が生体膜を通過するために通るための孔(チャネル)はトランスロコンと呼ばれ、通常、複数のサブユニットからなる膜蛋白質複合体である。生命は長い進化の過程で、細胞を構成する膜にそれぞれ特異的な蛋白質輸送チャネルを進化させてきた。さらに、蛋白質のような高分子が生体膜を一方向に通過するには、チャネルだけでは不十分で、何らかのエネルギーを必要とする。多くの場合、輸送チャネルと共役する因子が、ATPの加水分解エネルギーを利用し構造変化を起こすことで、蛋白質の一方向の輸送を導く、輸送モーターとして働く。輸送チャネルと輸送モーターは、機能分化した多くの細胞内膜系を含み持つ真核細胞が進化する上で、必要不可欠であった。藻類や植物に特有の細胞内小器官である葉緑体は、酸素発生型の光合成を営むシアノバクテリアの一種が、既にミトコンドリアや核を有していた祖先の真核細胞に内共生したことに起源を持つ。内共生体が細胞内小器官である葉緑体として成立するためには、細胞分裂に伴って正しく受け継がれていく機構だけでなく、蛋白質などの分子を葉緑体内へ輸送する分子機構の確立が必要であった。内共生体が本来自前で合成していた蛋白質は、進化の過程でその遺伝子が、内共生体ゲノムからホストの核ゲノムへと移り、協調した制御を受けるようになる。一方で、これら核ゲノムコードの蛋白質が細胞質ゾルで合成された後に葉緑体へと正しく運ばれる分子装置が葉緑体を包む膜上に確立される事が必須であった。内共生が成立した後、どのようにして蛋白質輸送チャネルと輸送モーターが生じたのか、その進化的起源に注目が集まっている。
今回、日本・アメリカ・スイス・ドイツの多国間国際共同研究チームによって、我々が植物で見出していた不可欠の蛋白質輸送装置が、緑藻の段階で既に確立され必須な役割を担っている事を明らかにした。今回の発見により、葉緑体誕生の謎の解明へさらに進化を遡って調べる事が可能となった。
研究の意義と将来展望
葉緑体蛋白質輸送(膜透過)機構の解明によりもたらされる知見により、本来植物や藻類が持っていない有用な人工蛋白質や酵素等を様々な植物や藻類の葉緑体へ効率よく蓄積させ機能させる事が可能となる。特に光エネルギーを利用した葉緑体代謝工学と連携させることで、葉緑体を、サプリメント生産、人工抗体や食べるワクチン生産など、植物工場として利用する葉緑体工学の分野への広い応用が期待される。
担当研究者
准教授 中井 正人(蛋白質研究所 蛋白質高次機能学研究部門)
キーワード
植物/葉緑体/蛋白質/緑藻/分子進化
応用分野
光合成代謝工学/植物工場/藻類工場