研究

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抗菌創薬やナノデバイス設計に役立つ細菌べん毛モーターのクライオ電子顕微鏡構造

特任教授 難波 啓一(生命機能研究科 日本電子YOKOGUSHI 協働研究所)

  • 医歯薬生命系
  • 生命機能研究科

研究の概要

生体高分子の構造解析をわずか数μグラムの水溶液試料で可能にしたクライオ電子顕微鏡と単粒子像解析法は、最近の技術開発により撮影速度を以前の20倍以上に高速化し、以前は数日かかった構造解析に要する数千枚の電顕像撮影を数時間で完了できるようになった。製薬企業が熱望する構造ベース創薬スクリーニングでさえ効率的に実施可能となり世界の製薬企業がこの技術を活用し始めている。サルモネラ等の細菌は多くがべん毛と呼ばれる運動器官を持ち、細胞表面から長く伸びたらせん型べん毛繊維をプロペラとして根元のべん毛モーターの高速回転により推進力を発生させて遊泳する。べん毛運動は病原因子でもあるためべん毛の回転機構は抗菌医薬の開発にも有用な情報である。この直径40 nm程の回転ナノモーターの分子構造は長らく未解明であったが、クライオ電子顕微鏡の技術進歩により原子レベルの構造が得られ、回転子リングや軸受けリングの構造からべん毛モーターのトルク伝達機構や摩擦によるエネルギー損失ほぼゼロの分子軸受けメカニズムなどが明らかになった。

図1 膜を貫通するべん毛基部体の全体像と回転子Sリングの高分解能立体構造

研究の背景と結果

生命の仕組みはタンパク質や核酸など数多くの生体高分子の立体構造を基にした動的な相互作用ネットワークに支えられているため、立体構造情報はきわめて重要である。サルモネラ等の細菌は菌体の周囲にべん毛と呼ばれる長いらせん型繊維状の運動器官を持ち、根元の回転モーターで高速回転させて推進力を発生し最適な環境へと自由に泳ぎ回る。それを駆動するべん毛モーターは直径40 nm程の回転ナノモーターであるが、分子としては巨大な膜タンパク質複合体で、結晶化できないためX線結晶構造解析法が使えず詳細な分子構造は長らく未解明で、モーターの細胞質側で発生したトルクを細胞外に伸びるべん毛繊維に伝達する回転子リングや摩擦によるエネルギー損失ほぼゼロの軸受けリングの機能を支える仕組みも不明のままであった。
回転子リングは膜タンパク質FliFが細胞膜内に自律集合して形成し、軸受けリングは水溶性タンパク質FliHと膜タンパク質FliIがモーターの回転軸であるロッドの周りに自律集合して形成する。両者ともに単離精製が容易でないためクライオ電子顕微鏡による構造解析も長らく困難を極めたが、最近の目覚ましい技術進歩によりデータ収集速度が以前の20倍以上に高速化し到達分解能も高くなったため、比較的短期間のうちに原子レベルの分解能で立体構造が解明でき原子モデルを構築できた。
回転子リングでは34分子のFliFが2つの異なるコンフォメーションで集合して2枚のディスクと円筒からなる構造を形成し、リング内部に34回、23回、11回の3つの異なる回転対称を持つ複雑な構造であった。軸受けリングの構造は2種類の構成タンパク質FliHとFliIそれぞれ26分子で構成され、長い反並行-strandが複雑に重なりあって安定な円筒構造を形成し、軸と軸受けの間に引力と反発をもたらす静電相互作用がバランスよく組み合わされることでほぼ摩擦のない軸受け機能が実現されていた。

図2 べん毛基部体と軸受けLPリングの高分解能立体構造

研究の意義と将来展望

タンパク質分子ナノマシンとしてのべん毛モーター回転子リングや軸受けリングの原子モデルの構造情報は自己構築可能でエネルギー変換効率の高いナノデバイスへの工学応用につながり抗菌医薬の開発基盤としても役立つと期待される。

図3 ドライブシャフトのロッドと軸受けLPリングの接触面の電荷分布

担当研究者

特任教授 難波 啓一(生命機能研究科 日本電子YOKOGUSHI 協働研究所)

※本学ResOUのホームページ「究みのStoryZ」に、インタビュー記事が掲載されています。是非ご覧ください。
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/story/2014/201409_01/

キーワード

クライオ電子顕微鏡/単粒子像解析法/生体分子構造解析/タンパク質分子ナノマシン/細菌べん毛モーター

応用分野

医療・ヘルスケア/創薬/省エネルギーデバイスナノデバイス

参考URL

https://www.fbs.osaka-u.ac.jp/ja/research_results/papers/detail/1026
https://www.fbs.osaka-u.ac.jp/ja/research_results/papers/detail/1028
https://www.fbs.osaka-u.ac.jp/en/research_results/papers/detail/1026
https://www.fbs.osaka-u.ac.jp/en/research_results/papers/detail/1028

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2022(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。