研究 (Research)
最終更新日:
バーチャルリアリティを活用してより良い医療を実現する (Using virtual reality for better healthcare)
助教 仁木 一順(薬学研究科 医療薬学分野) NIKI Kazuyuki(Graduate School of Pharmaceutical Sciences)
研究の概要
高齢化に伴い、がん患者や認知症患者の増加が世界的な問題となっている。また現在、新型コロナウイルスの影響を受けてデジタルトランスフォーメーション(DX)が各分野で急速に進んでおり、医療現場ではデジタル治療に注目が集まっている。そこで私は、バーチャルリアリティ(VR)を活用したデジタル治療を実践することで、がん患者のQOL 向上や新規認知症予防法の開発に取り組んでいる。
研究の背景と結果
終末期がん患者の多くが「思い出の場所にもう1度行きたい」「自宅に帰りたい」と希望するが、様々な症状や緊急対応可能な医療サービスなどの支援体制整備に伴う負担のため、特に昨今では新型コロナウイルスのため、患者の外出希望を叶えられないことが珍しくない。そこで私は、VR が創る“その場にいるような臨場感・没入感” に着目し、患者の「あの場所に行きたい」という願いを疑似的にでも叶えることができれば、QOLの改善につながるのではないかと考えて臨床試験を実施した(図1)。その結果、VRによる疑似外出の前後において、「痛み」「倦怠感」「眠気」「息苦しさ」「抑うつ」「不安」「全体的な調子」に関して有意な改善が認められた(図2)。一方で「吐き気」「めまい」などの重篤な副反応は認められなかった。さらに、VRによる疑似外出先を“思い出の場所” と“行ったことはないが行きたい場所” で分類して解析したところ、思い出の場所へ行った被験者では、「痛み」「倦怠感」「眠気」「食欲不振」「息苦しさ」「抑うつ」「不安」「全体的な調子」と多くの項目において有意な改善が認められたのに対し、行ったことはないが行きたい場所へ行った被験者では有意に改善した項目はなかった(図3)。以上の結果から、“思い出を蘇らせる” ことが重要であり、かつ、VRはその手段として適していると考え、VRを活用した認知症予防法の開発にも着手した。認知症に対する非薬物療法として代表的なものが、昔の写真等を見て“思い出を蘇らせる” 手法、すなわち、回想法である。私は、没入感と臨場感を伴ったVR 環境を用いれば、より効果的な回想法を実現できるのではないかと考え、まずは認知症周辺症状に着目し、VR を活用した回想法(VR 回想法)の有効性と安全性をパイロット的に検討した。その結果、VR回想法によって後期高齢者の不安が有意に軽減し、かつ、重篤な副反応は認められなかった。
研究の意義と将来展望
私は、VRを用いることで終末期がん患者の様々な身体および精神症状が改善することを世界で初めて報告した。この報告はこれまでに多く引用され、また、国内だけでなく国外からも医療へのVR導入についての相談を受けており、波及効果が高いことを実感している。また私は、VRによって昔を楽しく思い出すアプローチが、認知症周辺症状の一つである“不安” の軽減に有効であることも示唆した。ウィズコロナ、ポストコロナ時代を迎えて一層DXが加速する現在から将来にかけて、VR を適切に活用すればより良い医療の実現につながるという可能性を世界に先駆けて見出したことは大きな意義があると考える。今後も医療者の立場から、VRも含めた様々なスマートデバイスを活用したデジタル治療の可能性を引き続き検討し、より良い医療の実現を目指していきたい。
担当研究者
助教 仁木 一順(薬学研究科 医療薬学分野)
キーワード
バーチャルリアリティ/デジタル治療 / 緩和ケア / 認知症 / 臨床研究
応用分野
医療・ヘルスケア / スマートデバイス / バーチャルリアリティ