研究

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難治性心筋症ヒトモデル細胞の樹立と病態解明

特任准教授 肥後 修一朗(医学系研究科 重症心不全内科治療学共同研究講座)

  • 医歯薬生命系
  • 医学系研究科・医学部(医学専攻)

研究の概要

拡張型心筋症は、左心室収縮力の低下と左心室の拡大を生じる指定難病のひとつです。我々は、若くして特発性拡張型心筋症と診断され重症心不全に至った症例に対して、遺伝子解析、心筋病理解析を行い、本症例の病因がデスモグレイン2欠損であることを見出しました。デスモグレイン2は細胞同士をつなぎ留め、収縮する力を伝達する介在板を構成するタンパク質です。これまでに、デスモグレイン2が完全に欠損することにより重症心不全に至った症例は世界でも報告はありませんでした。疾患iPS細胞を用いて、三次元心筋組織を作成することで、分化心筋における不整脈・心筋収縮力低下を再現しました。さらに、疾患iPS細胞に対してゲノム編集を用いて変異を修復、またはアデノ随伴ウイルスを用いて正常なデスモグレイン2遺伝子を導入することで、不整脈や、低下した心筋収縮力が改善することを証明しました。

研究の背景と結果

拡張型心筋症は、左心室収縮力の低下と左心室の拡大を生じる指定難病のひとつで、その原因は極めて多様です。急速に重症心不全に至る拡張型心筋症の原因や病態メカニズムは依然明らかではなく、拡張型心筋症の克服のためには、個々の重症例に対する新たなアプローチが必要です。我々は、若くして原因不明の特発性拡張型心筋症と診断され、致死性の不整脈を呈し、重症心不全に移行した症例に遺伝解析を行い、デスモグレイン2(DSG2遺伝子)において、ホモ接合型分子途絶変異(R119X)を同定しました。デスモグレイン2は、心筋細胞の介在板に存在するタンパク質で、不整脈源性心筋症の原因となることが知られていますが、ホモ接合型変異により完全欠損となる症例は、これまでに報告がありません。本症例の左室心筋組織介在板におけるデスモグレイン2の発現は完全に欠損し、空胞変性像や介在板構成タンパク質の異常沈着像を認めました。更に透過型電子顕微鏡観察において、顕著な介在板の離開像を認め、本症例は遺伝子変異により介在板構造が破壊されたデスモグレイン2欠損心筋症と考えられました。病態メカニズムを解明するため、疾患iPS細胞を樹立し、ゲノム編集技術を用いて、デスモグレイン2発現を回復させた修復iPS細胞を作成しました。これらのiPS細胞を心筋細胞に分化させ電位解析を行ったところ、疾患iPS分化心筋では異常電位(不整脈)の出現を認めたのに対し、修復iPS分化心筋では認めませんでした。さらに、三次元組織リングを作成し収縮力を解析したところ、疾患iPS分化心筋では顕著な組織構造の脆弱性及び微弱な収縮力が観察され、いずれも修復iPS分化心筋において回復しました。疾患iPS分化心筋では心筋線維の菲薄化、介在板構造の離開所見が認められたのに対し、修復iPS分化心筋ではこれらの異常は認められませんでした。アデノ随伴ウイルスを用いてDSG2遺伝子を疾患iPS分化心筋に導入したところ、低下していた収縮力が回復しました。

研究の意義と将来展望

2021年現在、日本では心臓移植希望登録者数は900名を超え、その多くを拡張型心筋症が占めています。本研究は、特発性(原因不明)と診断される拡張型心筋症のなかに介在板構造が破綻したデスモグレイン2欠損心筋症が存在することを明らかとし、iPS分化心筋を用いてその病態と遺伝子補充の治療概念を実証しました。今後の難治性心筋症に対する精密医療の実現に寄与すると考えられます。

担当研究者

特任准教授 肥後 修一朗(医学系研究科 重症心不全内科治療学共同研究講座)

キーワード

拡張型心筋症/デスモグレイン2/ヒトiPS細胞由来分化心筋細胞/ゲノム編集/アデノ随伴ウイルス

応用分野

医療・ヘルスケア/創薬

参考URL

http://www.cardiology.med.osaka-u.ac.jp/? page_id=37187

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2022(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。