研究

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ピコリットル液体を活用する質量分析イメージング技術の研究とヒト疾患組織への適用

准教授 大塚 洋一(理学研究科 物理学専攻)

  • 理工情報系
  • 理学研究科・理学部

研究の概要

試料に含まれる多様な成分を抽出・イオン化し、質量分析を行う質量分析イメージングは、試料内の複数の化学成分の分布を一度の計測で可視化することができる。生体組織中の化学成分群のイメージングはバイオメディカル分野への応用が期待されている。私たちはこれまでに、振動キャピラリプローブとピコリットル液体を用いる独自の抽出イオン化法「タッピングモード走査型プローブエレクトロスプレーイオン化法(t-SPESI)」を開発してきた。表面が平坦ではない実試料の計測を安定化するために、プローブの振動計測技術とフィードバック制御技術を開発し、高精細の質量分析イメージングと表面形状イメージングの同時計測を実現した。大阪大学医工理連携共同研究を推進し、ヒト心臓疾患組織中の脂質成分群の多様な分布形態の可視化にも成功した。

研究の背景と結果

我々の体を構成する細胞では、脂質・代謝物・タンパク質などの分子量や化学的性質が異なる多彩な分子同士が相互作用し、生命活動に必要な化学反応が進むことが知られている。多彩な細胞がネットワークを作る生体組織の、疾病状態の詳細な把握や診断のためには、生体組織の複雑な化学種の分布状態を調べるイメージング技術が重要になる。質量分析イメージングでは、試料の局所領域に含まれる成分群を抽出し、気相イオンに変換し、質量分析器に導入することで、試料内の複数の分子イオンの情報をマススペクトルとして取得する。個々のイオンの強度情報とその位置情報から化学成分の分布を可視化することができる。

t-SPESIは、高速に振動するキャピラリプローブ(以下、プローブ)を介して、高電圧が印加されたピコリットルの溶媒を試料に断続的に供給することで、試料の局所領域に含まれる化学成分を高速に抽出・イオン化することができる。イオン化にはエレクトロスプレーイオン化法を使用し、生体分子の構造を壊さずに気相イオンに変換する。プローブを試料表面に対して二次元方向に走査することで、試料の座標情報に紐付いたマススペクトルを取得し、特定の化学成分の試料内分布を可視化することができる。

私たちは、試料の凹凸形状をナノスケールで計測することが可能な原子間力顕微鏡の要素技術をt-SPESIに融合し、試料の形状情報をリアルタイムに計測しながら抽出とイオン化を行う技術を実現した。本技術を用いて、マウス脳組織切片の複数の脂質を空間分解能6.5マイクロメートルでイメージングでき、複数の脂質のマススペクトルパターンの違いに基づく脳内構造の分類が可能であることを示した。

t-SPESIの医用応用として、ヒト疾患組織の共同研究も実施している。拡張型心筋症患者から提供を受けた心臓組織の計測の結果、複数の脂質成分が組織内に局在することを見いだし、脂質の種類と分布を精密に計測できることを示した。

研究の意義と将来展望

生体組織切片に前処理を施すことなく、高空間分解能でイメージングする本技術は、疾患組織の多彩な化学情報の可視化に有効である。今後はヒト疾患組織を対象として、多次元化学分布情報計測と特徴量の抽出法の研究を進めることで、病態解明への貢献や診断技術への応用が期待される。

担当研究者

准教授 大塚 洋一(理学研究科 物理学専攻)

キーワード

質量分析/生体情報/イメージング/抽出イオン化/多次元情報

応用分野

医療・ヘルスケア/バイオイメージング/材料分析

参考URL

https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210114_1

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2022(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。