研究 (Research)

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新開発のナノ量子センサーで細胞内の熱伝導を測る (Intracellular heat diffusion measured by newly developed quantum nano sensors)

講師 鈴木 団(蛋白質研究所) SUZUKI Madoka(Institute For Protein Research)

    English Information

    研究の概要

    哺乳類や鳥類、さらに昆虫や植物に至るまで、多くの生物は熱産生します。そこで熱を産生する仕組みの理解は、生物学や生理学における重要な研究課題の一つです。ところが熱産生の現場である細胞の中において、熱源から放出された熱がどのように拡散するのか、といったごく基本的なことは、ほとんどわかっていません。細胞はとても小さく、熱の伝わり方を精密に調べる方法が、これまでに無かったためです。そこで私たちは、ナノ量子センサー、と呼ばれる新しい微粒子を利用して、熱の伝わり方を決めるパラメータ(熱伝導率)を微小空間で計測できる手法を開発しました。そして細胞への応用に成功しました。

    研究の背景と結果

    体温は、私たちにとってとても身近な存在です。これを維持する熱源は、私たちの体を構成する最小単位である細胞です。ところが、熱が細胞の中をどのように伝わり、その過程でどういった影響を周囲に及ぼしているかについては、ほとんど明らかとなっていません。これは、細胞の大きさが数十マイクロメートル程度(髪の毛の太さの十分の一程度)と非常に小さく、そのような微小な領域の、さらにその内部で熱の伝わり方を調べる一般的な方法が、無いためです。そこで私たちは、細胞よりもさらに小さい約百ナノメートル(髪の毛の太さの千分の一程度)のダイヤモンド粒子「ダイヤモンド量子センサー」に着目しました。ダイヤモンド量子センサー内部には、量子情報を含むNV センターと呼ばれる特殊な場所が存在します。NV センターは、温度や磁場といった周囲の環境情報を、私たちが読み取り可能な光の信号に変換してくれます。そこで、ダイヤモンド量子センサーを小さな温度計(ナノ温度計)として利用しました。さらにその外側を、光を吸収して熱を放出する高分子でコーティングしました(ナノヒーター)。こうして、ナノ温度計とナノヒーターが一体化した、ナノ領域の熱伝導率を計測できる新しいハイブリッドセンサーの開発に成功しました。まず熱伝導率が良く分かっている空気、水、オイルで確かめたところ、高い精度で熱伝導率を決められることが保証されました。そこで細胞に応用しました。従来、細胞内の熱伝導率は水と同様で均一あると想定されていました。ところが、実際には水の1/6程度であること、しかも大きなばらつきを持つことが明らかとなりました。さらにこれらの計測結果から計算すると、生化学反応や生体分子に影響を与えられるだけの温度上昇が、代謝によって局所的に生じうることが分かりました。いずれの結果も、新しく開発したハイブリッドセンサーによって初めて明らかにされた、これまでの常識を覆すものでした。

    研究の意義と将来展望

    熱に関するパラメータの精密な計測は、熱産生を細胞のスケールから理解する第一歩として、重要な成果です。例えば細胞内で熱伝導の低い場所があれば、他の場所に比べて高温が維持され、転写やATP 合成といった重要な酵素活性の速度を局所的に上げるほか、脂質二重膜の動態にも大きな影響を与えるでしょう。あるいは特定の細胞だけ熱伝導率が低ければ、同じ代謝活動でも、その細胞だけが高温になります。私たちの研究成果は、細胞の熱産生が関わるあらゆる基礎的な生物・医学研究に幅広く影響する点で重要であるだけでなく、肥満の解決や微小熱源を用いた新しい治療法の開発といった応用面への波及効果も期待されます。

    担当研究者

    講師 鈴木 団(蛋白質研究所)

    キーワード

    温度/熱/蛍光プローブ/蛍光顕微鏡/イメージング

    応用分野

    医療・ヘルスケア/創薬/診断

    参考URL

    https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210116_1
    https://www.scientificamerican.com/article/mysterious-heat-spikes-inside-cells-are-probed-with-tiny-diamonds/
    https://physicsworld.com/a/nanodiamonds-measure-thermal-conductivity-in-living-cells/

    ※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2022(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。