研究

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生体分子センシングを指向したシクロデキストリンを基盤とした高輝度円偏光発光分子の創製

講師 重光 孟、教授 木田 敏之(工学研究科 応用化学専攻)

  • 理工情報系
  • 工学研究科・工学部

研究の概要

円偏光発光(Circularly Polarized Luminescence: CPL) は、キラルな構造を有する物質において、励起状態から基底状態への電子遷移の際に左回転と右回転の発光強度に差が生じる現象である。CPLには、左回転と右回転の情報を組み込まれているため、通常の光と比較して2倍以上の情報量を含んでいる。そのため、CPL はセキュリティを確保する光通信技術やキラリティを感知するバイオセンサーなどへの応用が期待されている。本研究では、独自の分子設計戦略による『高輝度CPL 有機分子の創出』とそれを利用した『生体分子の CPL バイオセンシング』を目指している。

研究の背景と結果

CPL をバイオセンシングおよびイメージングへ応用する場合には、有機低分子を利用することが望ましい。しかしながら、低分子由来のCPL は『発光量子収率』や『CPL 異方性』が低く、『分子認識能』を適切に設計する必要もあるため困難であった。我々はこの課題を解決すべく、独自の分子設計戦略に基づいてキラルな環状オリゴ糖であるCD に複数のエキシマー色素を修飾した分子 (Pyrene-cyclodextrin (PCD)) を設計・合成した。シクロデキストリン(CyD)足場上の複数のピレンユニットが制限された空間でエキシマーが形成されることで、立体障害と累積的な相互作用により高い量子収率かつ異方性を示すCPL が得られると考えた。また、PCD は複数のピレンユニットが存在するため、良好な集光性を示すことが期待される。
PCD は市販の出発物質から一段階で容易に合成することができ、高い分子吸光係数(1.0×105 M-1 cm-1)、良好な非対称性因子(1.2×10-2)を有する偏光発光、および量子収率(0.39)を示すことが明らかとなった。また、PCD の CPL 輝度は340 M-1 cm-1に達し、これまでに報告されたCPL活性を有する有機分子の中でも非常に高い値であり、世界トップクラスであった。さらに、CyD とピレンユニット間の炭素鎖の長さの影響を調べたところ、CPL 回転方向に対する奇偶効果という予想外の結果も得られた。炭素鎖が短いほど、ピレンユニットの動きが抑制され、当初の仮説通りにピレンが空間的に制限されることで優れた CPL を発することが明らかになった。
さらに、ベンゼンスルホン酸などのゲスト分子をこれらの PCD 溶液に添加すると、CyD 環内部に取り込まれ、ピレンユニットの配向が変化して CPL 回転方向を変化させることにも成功した。これらの成果は、有機低分子の CPL バイオセンシングへの応用可能性を明示した先駆的な成果である。

図1.PCD 分子構造および特徴
図2.PCD の分子認識による CPL 発光特性の変化

研究の意義と将来展望

CPL は次世代の三次元表示ディスプレイ、情報通信技術、バイオセンサー、高度セキュリティ印刷、植物の成長促進、医療診断への利用など広範な領域での利活用が期待されている。そのため、世界中でCPL マテリアルの研究が活発に行われているが、バイオ応用への発展は完全に未開拓である。本研究計画の目標である「高輝度円偏光性有機分子の創成」と「バイオセンシング」の実現は、次世代の診断やイメージング技術開発に向けてのマイルストーンとなる極めて先駆的な研究である。さらに、これらの CPL 応用に加えて、本研究は “ 励起状態の化学 ” の学理の深化をもたらし、基礎研究の発展に貢献するという側面も併せ持つ、世界をリードする研究である。

図3.PCD の分子認識を利用した疾病診断技術やイメージングへの応用

担当研究者

講師 重光 孟、教授 木田 敏之(工学研究科 応用化学専攻)

キーワード

シクロデキストリン/円偏光発光/分子認識

応用分野

医療・ヘルスケア/バイオセンシング

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2023(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。