研究 (Research)

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多重らせん高分子のコンホメーション変化の動力学 (Kinetics of conformational change of multiple helical polysaccharides)

教授 寺尾 憲(理学研究科 高分子科学専攻) TERAO Ken(Graduate School of Science)

  • 理工情報系 (Science, Engineering and Information Sciences)
  • 理学研究科・理学部 (Graduate School of Science, School of Science)

English Information

研究の概要

塩水溶液中で剛直な二重らせん構造を持つザンサンという多糖は、その剛直さゆえに少量で安定した粘性を水溶液に付与することができるため、増粘剤として食品に広く用いられている。このザンサン-塩化ナトリウム水溶液について、急激な温度変化に伴う二重らせん構造の融解および再形成過程を小角 X 線散乱(SAXS)、円二色性(CD)測定によって調べた。温度上昇に伴い、CD で観測される側鎖の構造変化が迅速であるのに対し、SAXS より観測される主鎖の融解はゆっくりであることがわかった。これに対し、温度低下に伴う構造変化では、主鎖の二重らせん構造形成が先行し、側鎖の構造形成には1日以上の時間を要することも明らかになった。 

研究の背景と結果

多重らせん構造は DNA、コラーゲン、そして多糖にみられる構造であり、これらは水中で高い剛直性をもつ棒状分子として分散している。近年では多糖と DNA がより合わさって多重らせんを形成する例も報告されており、遺伝子デリバリー材料としても注目を集めている。ただし、特に多重らせん多糖は一般的に同じ繰り返し単位からなる高分子であるため、多重らせんを融解してほどいたのちに再度多重らせん構造を形成させた場合、必ずしも天然と同じ構造にはならない。このような高分子の多重らせん構造の再形成手法を工夫して任意の構造(ヘアピン構造や多分岐構造を含む)の調製法を確立し、機能性材料の創成手法として用いる場合、それぞれの過程の動力学を知ることが重要である。
剛直な多重らせん構造の形成過程を観測する場合、小角 X 線散乱法が最も有用な手法であるが、その時間変化をとらえるためには短時間で高精度な実験データを得る必要がある。本研究では SPring-8での高品質な光源を利用して温度変化に伴うらせん構造の変化を正確にとらえることに成功した。これまで多重らせん構造の観測に有用とされた CD法には、図3に示す化学構造からわかるように、ザンサン側鎖のカルボニル由来の吸収を利用しており、主鎖の多重らせん構造を直接観測しているわけではなかった。平衡状態においてこの側鎖由来のCD信号は、らせん構造の含有量をかなり正確に反映する。
しかし、昇温直後に側鎖のカルボニルのキラルな配置の揺らぎが大きくなり、らせんがほどけた CD 信号に近づくのに対し、SAXS より観測される全体構造は棒状形態を維持することが新たに明らかにされた。さらに冷却して多重らせんを再形成させた際には、非常に早く2本の鎖がより合わさった棒状形態を回復するのに対し、側鎖の配列には1日を超える長い時間を要することが分かった。すなわち、主鎖は棒状多重らせん構造を維持しているが、側鎖のみ高い自由度を有する中間体を形成することを明らかにした。
今後この中間体構造が持ちうる機能性について調べるとともに、温度変化後に得られるヘアピン・多分岐構造と、温度変化プロセスとの関係を明らかにしてゆきたい。 

図1. 急加熱、急冷に伴うザンサン分子のコンホメーション変化の模式図とその
時定数
図2. 温度変化によって生じうるザンサンのコンホメーション
図3. ザンサンの化学構造式

研究の意義と将来展望

多重らせん構造の融解や再形成には、おもに CD などの分光法を用いて調べられることが一般的であるが、高分子自体の形の変化をより直接的にとらえる SAXS 法を併用することにより、中間体の存在が明らかになった。多重らせん高分子はその再形成の際に、1本鎖からなるヘアピン構造や多数鎖からなる多分岐構造など特殊な構造を形成することが知られており、それらは異なる機能性をもつことが期待される。
中間体構造を含め分子形態変化の動力学を明らかにすることは、得られる再形成多重らせん鎖の構造を調節し、機能性を付与するうえで有用な知見を与える。

担当研究者

教授 寺尾 憲(理学研究科 高分子科学専攻)

キーワード

多重らせん高分子/多糖/分子形態/食品添加物

応用分野

医療・ヘルスケア/食品

参考URL

https://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/terao/

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2023(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。