研究

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フリッパーゼとスクランブラーゼ

特任教授 長田 重一(免疫学フロンティア研究センター)

  • 全学・学際など
  • 免疫学フロンティア研究センター

研究の概要

真核細胞の細胞膜は2層のリン脂質から成り立っているが、リン脂質は2層間で非対称的に分布している。すなわち、フォスファチジルセリン(PtdSer)やフォスファチジルエタノールアミン(PtdEtn)は全てがフリッパーゼと呼ばれる酵素により内層に局在するのに対し、スフィンゴミエリン(SM)やフォスファチジルコリン(PtdCho)は大部分が外層に存在する。このリン脂質の非対称的な局在は様々な生物現象でスクランブラーゼの作用により崩壊する。例えば、細胞がアポトーシスに陥ると PtdSer が暴露され、マクロファージへの “eat me” シグナルとして作用する。一方、活性化血小板に暴露された PtdSer は血液凝固因子に結合、それを活性化する。今回、てんかん発作、発達障害を示す患者のフリッパーゼが点変異により PtdSer ばかりでなくPtdCho をも細胞膜外層から内層へ移動させることを示すとともに、XKR8スクランブラーゼの三次構造を決定した。

研究の背景と結果

2層からなる真核細胞の細胞膜において、リン脂質は2層間で非対称的に分布している。フォスファチジルセリン(PtdSer)やフォスファチジルエタノールアミン(PtdEtn)は全てが酵素フリッパーゼにより内層に局在するのに対し、スフィンゴミエリン(SM)やフォスファチジルコリン(PtdCho)は大部分が外層に存在する。リン脂質の非対称的な局在はスクランブラーゼの作用により崩壊する。例えば、アポトーシス細胞は PtdSer を暴露し、これが “eat me” シグナルとしてマクロファージに作用する。一方、血小板に暴露された PtdSer は血液凝固因子を活性化する。私達はこれまでに2個の P4-ATPases(ATP11A とATP11C)を細胞膜でフリッパーゼとして作用する分子、TMEM16Fを血小板などで Ca2+ によって活性化されるスクランブラーゼ、XKR8をアポトーシス細胞内でカスパーゼによって活性化されるスクランブラーゼとして同定した。
今回、運動神経疾患の患者の ATP11A 遺伝子に点変異を見出した。同等の変異を持つマウスは患者と同等の神経疾患症状を示し、生後20日以内に死滅した。変異を持つ ATP11A は PtdSer ばかりでなくPtdCho も細胞膜外層から内層へ移層した。内層へ移層された PtdChoはその後 ER へ移動、SM 合成酵素の発現を誘導、細胞膜外層におけるSM の濃度は顕著に増大した。このため、その細胞は低濃度の SM 分解酵素により速やかに破壊された。
ところで、XKR8は Basigin と複合体を形成するが、今回その三次構造を CryoEM 単粒子解析により決定した。分子の表面には疎水性の溝が存在し、そこには一分子のリン脂質が結合していた。一方、その溝の内側には親水性のアミノ酸からなるトンネル様の構造が存在し、リン脂質の親水性の頭部がその部分を通過することを予想させた。スクランブラーゼを介したPtdSerの細胞表面への暴露は様々な生理過程、病理過程に関与していることから、今回決定した XKR8の構造はそれらの過程を制御する分子の開発に役立つであろう。

Figure 1. ATP11A フリッパーゼにおける点変異(Q84E) による PtdCho(PC)
の細胞内への移送 (1)、SM 合成酵素遺伝子 (SGMS1) の発現誘導 (2) と SM の合
成 (3)。
Figure 2. ヒト XKR8-Basigin 複合体の三次構造(A)と膜貫通領域(B) 。分
子の上部には PtdCho(PC) を含有した溝。

研究の意義と将来展望

リン脂質は親水性の頭部と疎水性の脂肪酸からなる両媒性の分子であり、この分子がスクランブラーゼの作用により如何に細胞表面に曝露されるか大きな謎であった。今回の成果はこの疑問に答える大きな成果である。また、P4-ATPase の変異はさまざまな疾患の原因となることが知られている。今回の私たちの結果はこれら疾患の病因を探るうえで大いに役立つであろう。

担当研究者

特任教授 長田 重一(免疫学フロンティア研究センター)

キーワード

フリッパーゼ/スクランブラーゼ/リン脂質/フォスファチジルセリン

応用分野

医療/創薬

参考URL

http://biochemi.ifrec.osaka-u.ac.jp

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2023(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。