研究

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スキルミオンのブラウン運動を利用した究極の低消費電力計算への挑戦

招へい准教授 後藤 穣(基礎工学研究科 物質創成専攻)

  • 理工情報系
  • 基礎工学研究科・基礎工学部

研究の概要

我々は、スキルミオンのブラウン運動を利用した究極の低消費電力計算の実現を目指しています。ブラウン運動は、熱揺らぎによってランダムに運動する現象です。エネルギーを消費せずに動くことから、究極の低消費電力技術となる可能性があります。我々は、スキルミオンと呼ばれる2次元強磁性薄膜中でブラウン運動するトポロジカルなスピン構造に着目しています。スキルミオンには、固体中でブラウン運動し、回路実装や室温での検出・制御が容易という特長があります。
本研究では、図1と図2に示すスキルミオンの配線やセルラーオートマトンの実装に成功しました。黒丸はスキルミオンであり、スキルミオンはこれらの素子の中をランダムに運動し、情報を伝えます。これらの系では入力と出力における制御と検出以外は外部エネルギーの供給無しで情報が伝搬・演算されるため、極めて小さなエネルギーで計算が実行できます。 

研究の背景と結果

昨今の AI や IoT デバイスの発展、およびデジタルデータ量の爆発により、消費エネルギーの飛躍的な増大が懸念されています。たとえば、Alpha Go Zeroなどで知られるAIは、囲碁で人間と同等以上のパフォーマンスを実現するために、人間の脳の100倍程度の消費電力を必要とします。持続可能な社会の実現のためには、このようなデバイスの低消費電力化が必要不可欠です。人間の体の中では、既存のコンピュータとは異なり、熱揺らぎを巧みに利用することで極めて小さなエネルギーで分子の一方向運動を促します。本研究ではそのような方法に倣って、熱揺らぎをうまく利用したデバイスの実現を目指します。
上記のような実験に適した粒子がスキルミオンです。スキルミオンとは、図3に示すようなトポロジカルなスピン構造であり、2次元強磁性薄膜中などに現れます。磁気特性を適切に制御することで、スキルミオンは熱揺らぎによりブラウン運動します。さらに、スキルミオンは室温で検出・制御が容易であることから、超低消費電力計算のための良い実験系となります。我々は強磁性多層膜の上に回路や素子の形に添って SiO2を追加成膜することで、スキルミオンを任意の形状のデバイスに閉じ込めることが可能になりました(図1、2)。図1は Y 字型の三叉路であり、スキルミオンはブラウン運動により回路中を自由に動き回ります。図3は四角いセルの中に2つずつスキルミオンを閉じ込めた構造であり、スキルミオンは右上と左下に一つずつ、あるいは左上と右下に一つずつ位置する場合が安定となります。スキルミオン同士は静磁相互作用により互いに反発しあい、セル内およびセル間でスキルミオンが相互作用します。これにブラウン運動が加わることにより、スキルミオンの情報が伝搬します。これらの素子では、情報の流れが可逆であることから、双方向演算により因数分解などの計算が可能ではないかと期待しています。 

図1 ブラウン運動するスキルミオンの回路。黒い点がスキルミオンであり、
外部エネルギーの供給無しで回路中をランダムに運動します。
図2 四角いセルに閉じ込められたスキルミオン対。スキルミオン同士は
磁気双極子相互作用によって影響を及ぼしあい、情報が伝搬します。
図3 2次元強磁性薄膜に現れるスキルミオンのスピン構造。矢印は磁極の
向きを表し、色は膜面垂直成分を表します(上向きが青、下向きが赤)

研究の意義と将来展望

本研究の意義は、究極の低消費電力計算とは何か?という問いを明らかにできることです。入出力におけるスキルミオンの制御と検出にはエネルギーが必要ですが、その以外の情報伝搬や情報演算はブラウン運動によって行われるためエネルギーを消費しません。この研究を通じて、熱力学限界に近いエネルギーで情報演算ができれば、既存の情報機器の消費エネルギー増大を解決する基盤技術となることが期待されます。

担当研究者

招へい准教授 後藤 穣(基礎工学研究科 物質創成専攻)

キーワード

スキルミオン/ブラウン運動/情報熱力学/低消費電力

応用分野

AI/情報演算素子

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2023(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。