研究 (Research)
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RNAを標的とした低分子創薬の推進 (Promotion of RNA-targeted small molecule drug discovery)
教授 中谷 和彦(産業科学研究所 精密制御化学研究分野) NAKATANI Kazuhiko(SANKEN (The Institute of Scientific and Industrial Research))
研究の概要
近年、RNA を標的とした創薬研究が加速している。一昨年、低分子Evrysdi™(化合物名 リスジプラム)が、脊髄性筋萎縮症(Spinal Muscular Atrophy、SMA)患者の運動機能および生存の改善と維持を示す初の経口薬として、米国 FDA において、そして我が国においても承認された。Evrysdi™ の機能は、先に開発されている核酸医薬スピンラザ ® と同様に、Survival Motor Neuron 2(SMN2)遺伝子のpre-mRNA のスプライシングを改善する。ヒトゲノムの解析終了後のENCODE プロジェクトの結果、ヒトゲノムの大半は non-coding RNA として、我々の生命維持に関わっていることがわかっている。Evrysdi™ で示される mRNA を標的とした創薬研究に加え、non-coding RNA を対象とした創薬研究が進めば、細胞内にあふれる多様な機能性 RNA の発現調節や機能調節が可能となり、これまでのタンパク質の発現と機能調節とは異なる治療戦略が視野に入る。今回、RNAに結合する低分子化合物のスクリーニング法の一つである蛍光色素ディスプレイスメントアッセイに用いる、RNA 結合蛍光色素 ANP77を開発し、アッセイに使用可能な RNA モチーフを選別した。
研究の背景と結果
RNA を標的とした創薬研究が進む中、RNA を核酸で狙う核酸医薬が注目されている。一方、製薬企業には低分子創薬のノウハウや多様な有機低分子化合物ライブラリーが蓄積されているが、従来のタンパク質を低分子で狙う創薬は限界を迎えていると言われてきた。これまでほとんど創薬対象になっていなかった RNA を低分子で狙う創薬研究、即ち、RNA 標的低分子創薬が進めば、創薬企業にとってはこれまでの創薬ノウハウ、創薬資源の有効活用につながるとともに、高価な抗体医薬や核酸医薬とは異なるモダリティーの実現となる。RNA 標的低分子創薬を進めるには、標的 RNA に結合する化合物のスクリーニングが不可欠となる。
我々のグループではスクリーニング法の一つとして、蛍 光 ディ ス プ レ イ ス メ ン ト アッ セ イ(Fluorescent Indicator Displacement assay, FID assay)を研究してきた。FID アッセイでは、蛍光色素を予め RNA に結合させておき、ライブラリー化合物を添加した際の蛍光変化量により、化合物の RNA への結合を評価する。今回開発した ANP77は、RNA 中の C/CC という内部ループに高い親和性で結合する分子であり、RNAに結合することにより蛍光が消光される。ライブラリー化合物が ANP77を置換すると、遊離した ANP77が蛍光を放つことで、どの化合物が RNA に結合したかが判別される。
中谷研究室では、FID アッセイに使う蛍光色素として、配列選択性の低いX2S を先に開発しており、今回の ANP77は配列選択性の高い蛍光色素である。創薬標的となる RNA や探索したい化合物の親和性レンジに応じて、異なる蛍光色素の使い分けが可能である。
研究の意義と将来展望
mRNA に加えてnon-coding RNA を創薬標的とすると、従来の蛋白標的創薬に加えて、標的タンパク質が存在しないケースについても、創薬が可能となる。ヒトゲノムの75% はnon-coding RNA として何らかの機能を持つことが想定されており、従来では想定されなかった創薬研究が進む可能性が極めて高い。RNA 結合タンパク質を吸着する機能を獲得した毒性RNA に結合し、吸着されたタンパク質を遊離させる低分子化合物などの開発が進められており、これまで考えられていなかった疾患治療が近未来に実現することが期待されている。
担当研究者
教授 中谷 和彦(産業科学研究所 精密制御化学研究分野)
キーワード
RNA/低分子/創薬/スクリーニング
応用分野
医療・ヘルスケア/創薬