研究

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1細胞マルチオミクス解析に向けた1分子計測技術開発

准教授 筒井 真楠(産業科学研究所 バイオナノテクノロジー研究分野)

  • 理工情報系
  • 産業科学研究所

研究の概要

ナノテクノロジーを基軸にした1分子計測技術は急速な発展を遂げ、これまでのオミクス解析で得られないような生体情報の取得を可能にするセンサプラットフォームとして応用が開始されている。この研究では、1細胞内のタンパク質やゲノムを網羅的に1分子検出するナノセンサの開発を進めている。
センサ構造は、半導体加工技術により作製し、ナノポアと呼ばれる直径100nm 以下のナノ細孔をシリコンウエハ上に3次元積層集積したものである。電解質液中でイオン電流を計測する仕組みであり、細胞膜破壊・細胞内分子抽出・1分子検出をオンチップで実行できる。大腸菌を用いた動作実証試験を行い、1細胞の大腸菌からタンパク質やDNAを抽出・1分子検出することに成功している。現在は、機械学習を用いた電流信号波形解析を導入し、細胞やウイルスの内容物を1分子レベルで分析するデバイス開発を進めている。

研究の背景と結果

ナノテクノロジーを基盤とする1分子計測技術はここ十年で飛躍的な発展を遂げ、オミクス解析で広く応用されるようになっている。例えばナノポアシークェンサ―や SMRT 技術は、DNA や RNA の塩基配列を1分子レベルでリアルタイムに解読でき、ゲノミクスやトランスクリプトミクスの分野において、既存技術を凌駕する圧倒的なスループットと読み取り長を実践している。そして現在では、プロテオフォーム解析を指向した新技術の開発競争が加速しており、特に生体物質を構成するタンパク質の構造やアミノ酸配列を1分子レベルで網羅的に計測する技術が有力視されている。
そのような技術の一つとして、本研究では集積ナノポアセンサの開発を進めている。ナノポアとは、ナノスケールの細孔のことである。電解質液中で電圧を加えると、ナノポア内をイオンが移動する。その過程は、電極反応を介したイオン電流を測定することで、観測できる。また、DNA などの物体がナノポアを通過する場合には、その物体によってナノポア内のイオン輸送が妨げられる結果、イオン電流がパルス状に変化する。この仕組みにより、タンパク質やゲノムの1分子検出が可能になり、実際にナノポアシークェンサーの原理として実践されている。しかしこれをタンパク質分析に応用しようとする場合は新たな課題が生じる。例えば、タンパク質には PCR 増幅のように簡便な増幅法は無いため、特に希少な分子は検出が困難になる。また、生体試料に大きな夾雑物やアミロイド等の集合体が含まれていると、ナノポアがブロックされ機能しなくなる。これらの課題を一気に解決するものとして、二層のナノポア層を積層集積した構造を考案した。上層には複数のナノポアを加工し、そこに細胞などをトラップする。そしてナノポアに集中する局所電場や熱によって外膜を損傷させ、内部の分子を抽出する。この時、ナノポアはフィルタの役割も担い、大きな夾雑物が混入することを抑制できる。抽出された分子は速やかに下層のナノポア付近へと移動し検出される、といった仕組みである。
これまでに、ナノポアにおけるエネルギー散逸やイオン輸送機構に関する基礎研究を重ねることで、大腸菌の細胞内にあるタンパク質や DNA の検出に成功した。現在は、イオン電流デノイズや信号増幅・解析に機械学習を導入し、細胞内の分子を識別する手法の開発を進めている段階にある。

研究の意義と将来展望

本技術は、高度な前処理なしにタンパク質の発現量や遺伝情報を測定可能にするものであり、生命科学の革新や個別医療の実現に貢献できる。また、その適用は細胞に限定されるものではなく、例えばウイルスに応用すれば、小さな変異を迅速に発見するウイルス検査も可能になると期待できる。

担当研究者

准教授 筒井 真楠(産業科学研究所 バイオナノテクノロジー研究分野)

キーワード

ナノポア/1分子計測/1細胞解析/機械学習

応用分野

医療・ヘルスケア/スマートデバイス

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2023(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。