研究

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全ゲノム解析による消化器神経内分泌がんの病態解明

教授 谷内田 真一(医学系研究科 がんゲノム情報学)

  • 医歯薬生命系
  • 医学系研究科・医学部(医学専攻)

研究の概要

神経内分泌がんは増殖速度が速く悪性度の高いがんで希少かつ難治がんである。さらに、診断時には手術適応となることが極めて少ないため、研究試料の入手が難しく、これまでそのゲノム異常はほとんど未解明であった。神経内分泌がんは臓器横断的に発生するが、本研究では特に発症頻度の高い消化器の神経内分泌がんを研究対象とし、日米欧のサンプルを用いて全ゲノム解析等の最先端の解析を行い、消化器神経内分泌がんの発症メカニズムを解明した。
消化器神経内分泌がんの大きな特徴として、神経内分泌系への分化をつかさどる転写因子である SOX2や ASCL1が高発現していた。さらに、消化器神経内分泌がんにおけるこれらの転写因子の過剰発現は、各遺伝子のプロモーター領域のメチル化に起因していることを明らかにした。一般的にはプロモーター領域の脱メチル化により遺伝子の発現が増加することが知られているが、それとは逆の機構であることを解明した。
膵臓由来の消化器神経内分泌がんと胃や大腸などの非膵臓消化器由来の消化器神経内分泌がんの病理組織像は類似しているが、本研究の解析からゲノム異常は類似している点と異なる点があることが明らかとなった。加えて新たに、膵臓由来の神経内分泌がんはそのゲノム異常の違いから「Ductal-type(腺管型)」と「Acinar-type(腺房型)」に分類できることを発見した。これは膵臓の神経内分泌がんの起源となる細胞には複数のものが存在する可能性を示唆している。
さらに消化管の神経内分泌がんの発がん要因の一つに、ウイルス感染が関係していることが明らかとなった。

研究の背景と結果

消 化 器 の 神 経 内 分 泌 系 の 新 生 物(NENs: Neuroendocrine neoplasms)は免疫組織化学染色で、神経内分泌系のマーカーであるシナプトフィジンやクロモグラニン A が陽性となる希少な疾患である。NENs は臓器横断的に発症するが、消化器、特に膵臓が主な原発臓器である。2010年 WHO 分類では、細胞増殖の程度と核分裂像による悪性度に応じて G1、G2 、G3に分類されていた。
しかし、この G3の中には予後が比較的良いものと極めて予後不良のものが混在していたため、2019年 WHO 分類では、NENs をまず病理組織像により神経内分泌腫瘍(NET)と神経内分泌がん(NEC)に分類し、さらに NET を細胞増殖の程度と核分裂像で G1、G2、G3に分類することに修正された。一方で NEC は病理組織像から、Small-cell type と Large-cell typeに分類された。Small-cell type は小細胞肺がんに組織像が類似している(図)。
NET は手術で根治することも多いことから、手術残余検体を用いた研究が進められており、これまでにMEN1などの複数の原因遺伝子が同定されている。一方で NEC は、極めて稀で診断時に遠隔転移を認めることが多いため手術適応患者は少なく、研究試料の入手が難しいことからこれまでに大規模な網羅的解析は行われていなかった。
本研究では、消化器の NET と NEC(計115例)の網羅的ゲノム解析(全ゲノム解析、全エクソーム解析、全トランスクリプトーム解析、メチル化解析と ATAC-seq 解析)を行った結果、その発症メカニズムは全く異なることから、両者は別の疾患であることを実証した。膵臓由来 NEC は概要に記載したように Ductal-type と Acinar-type に分類でき、起源細胞が異なる可能性が示唆された。
膵臓由来 NEC と非膵臓消化器由来 NEC のゲノム異常は異なる点があり、非膵臓消化器由来の NEC では①TP53 とRB1 遺伝子の異常、もしくは②TP53とCCNE1遺伝子の異常(①と②は相互排他的)が特徴で、さらに構造多型が多いことが明らかとなった。非膵臓消化器由来の NEC では Notch 遺伝子ファミリーの異常も特徴的に認められた。
NEC の大きな特徴は、神経内分泌系への分化をつかさどる転写因子である SOX2や ASCL1が高発現していることであり、これは各遺伝子のプロモーター領域のメチル化に起因することを発見した。

研究の意義と将来展望

本研究成果により、希少かつ難治がんである消化器 NEC の発症・進展メカニズムが全ゲノムレベルで明らかとなった。NEC は同じ臓器由来の通常型のがん(腺癌や扁平上皮癌)とは異なるゲノム異常を有し、既存の分子標的薬等の薬剤ターゲットとなる遺伝子異常が少なく、現状では難治性のがんであることも明らかとなった。しかし、複雑で多様な病態を詳細に解析し、発癌メカニズムに基づいて新たなサブグループを定義づけることで、開発中の分子標的薬のドラッグ・リポジショニングや新規創薬が期待される。

担当研究者

教授 谷内田 真一(医学系研究科 がんゲノム情報学)

キーワード

難治がん/希少がん/全ゲノム解析

応用分野

医療/創薬

参考URL

https://www.med.osaka-u.ac.jp/activities/results/2021year/yachida2021-12-9

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2023(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。