研究

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ケアの現象学――ヤングケアラーをはじめとする子育て支援および障害当事者の現象学的なエスノグラフィー

教授 村上 靖彦(人間科学研究科・感染症総合教育研究拠点 CiDER)

  • 人文学社会科学系
  • 人間科学研究科・人間科学部
  • 医歯薬生命系
  • 感染症総合教育研究拠点 CiDER

研究の概要

私の研究は、自由に語っていただくインタビューと参与観察を通して、当事者の経験や対人援助職の実践を生き生きと細かく描き出すことを目的としている。
これまで看護実践の研究からはじまり、子ども支援の現場、さらに障害当事者の現場での調査を行っている。病あるいは社会的な逆境のなかで生きている人やサポートしている人について、統計を用いた調査ではわからないリアルな姿を描いてきた。
とくに子ども支援においては、恒常的な居場所とアウトリーチによる生活支援を組み合わせたコミュニティを作っていくことの重要性を主張していた。ヤングケアラーの聞き取り調査を通しても、本人にとっての困難は、過剰な家事労働や学習機会の制限ではなく、孤立のなかにあることが明らかになっている。量的な調査に依存する行政が提案する相談窓口の設置や学習支援といった表面的な支援策では、問題の解決に及ばないことが示唆されている。

研究の背景と結果

子どもの減少とともに人口減少が深刻化し、子どもの貧困が問題になるなかで、子どもが生きやすい社会を作ることは、日本にとって喫緊の課題である。2014年から始めた大阪市西成区での子育て支援の調査では、社会的な困難が集積した地域であるにも関わらず、熱心な支援者たちの活動とともにいきいきとした子どもたちの姿を目にすることができた。調査を通して子どもの居場所の重要性と親を支えるアウトリーチを中心とした生活支援のネットワークの重層性、子どもの声を中心としたコミュニティづくりの意義を明らかにしてきた(拙著『子どもたちがつくる町――大阪・西成の子育て支援』、世界思想社、2021)。
さらに調査の一環としてヤングケアラー経験をしてきた人たちのインタビューをとっている。調査を進めるなかで実は私が西成区で出会った子どもたちの経験が、極度の貧困や社会的逆境にも関わらず、ある意味で深刻さの度合いが低いことに気づいてきた。
そのことが拙著『「ヤングケアラー」とは誰か』(朝日新聞出版、2022)を貫くライトモチーフとなっている。ヤングケアラーの問題の本質は、ケア労働の過酷さやそれにともなって学習機会や遊びが制限されることでは必ずしもないのではないのだろうか、というのが私の問いかけである。ヤングケアラーを「家族を心配することから逃げられない子ども」と考えると、ケア労働や家事労働ではなく、心配する(=care)ことが本人にとってもっとも大事であると見えてくる。
たしかにヤングケアラーという言葉が生まれたことで発見される困難があるのだが、当事者の語りから出発したときには支援者から見えていることがらとは焦点が異なるのである。相談窓口の設置などではなく、ヤングケアラーであろうがなかろうが誰もが集まれる居場所づくりこそが、子どもの困難をキャッチし、子どもの声を聴くために重要であるということも見えてきている。

『母親の孤独から回復する』
(講談社、2017)
『子どもたちがつくる町
大阪・西成の子育て支援』
(世界思想社、2021)
『「ヤングケアラー」とは誰か
家族を“気づかう”子どもたちの孤立』
(朝日選書、2022)

研究の意義と将来展望

一人ひとりの語りをしっかりと聴くこと、一人ひとりの経験を解きほぐすことから思考すること、これらは客観性と一般性を重視する学問の世界や政策決定の場面ではしばしばなおざりにされてきたことである。しかし人間は一人ひとり異なる経験をしているのであり、個別的な経験から実は社会全体にとって重要な理念を取り出すことができることがある。これからも社会のなかで困難を抱えた人、すき間へと追いやられた人の言葉に耳をそばだてる研究をしていきたい。

担当研究者

教授 村上 靖彦(人間科学研究科・感染症総合教育研究拠点 CiDER)

キーワード

ケア/子ども・子育て支援/社会的包摂

応用分野

哲学・現象学

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2023(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。