研究

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多文化社会における教育と国民形成に関する研究

准教授 北山 夕華(人間科学研究科)

  • 人文学社会科学系
  • 人間科学研究科・人間科学部

研究の概要

多文化化する社会において、違いが当たり前に認められ、一人一人が尊重される民主的な社会を築くための教育は、どのようなものだろうか。また、そうした教育は異なる社会的・文化的条件においてどう実践されるのだろうか。本研究は、日本に加えて主にノルウェーとイギリスを研究対象とし、多様な背景の子どもがともに学ぶ教室を前提とした学校教育やそれを支える教師教育、さらに学校と地域との連携のあり方に注目した国際比較研究である。
政策分析と現地調査に加え、アイデンティティに関するアンケート調査を実施し、多文化社会における包摂的な国民形成と教育のあり方について多角的な考察を試みている。また、教育政策が策定され、それが公的なカリキュラムに反映され、さらに教育現場で実践される過程において、現場の事情や関係者の解釈を含みながらどう変化しているかにも注目している。

研究の背景と結果

多文化社会のニーズに応じた学校教育とそれを支える教師教育について比較検討するため、ノルウェーの4大学と日本の3大学とで共同研究をおこなった。総合的な実態調査のため混合研究法を採用し、両国の学生へのアンケート調査のほか、学校での授業観察、学生、教員、教師教育者へのインタビューなどを実施した。また、現地の民間団体や教会による若者支援についても調査し、地域と学校、大学の連携という視点から研究をおこなった。
ノルウェーでは国レベルでの制度的な下支えにより、学校カリキュラムや教師教育が多文化社会を前提として整備されてきた。アンケート調査からは、エスニックマイノリティを含む多様性に開かれたナショナル・アイデンティティが形成されていることが示された。これは、教育政策やカリキュラムが社会の多文化化に対応してきたことに加え、国民形成のあり方も変容してきたことを示唆している。また、人権と民主主義を重んじる風土から、学校においても子どもの意見を尊重する環境があり、文化的に多様な子どものニーズが反映されやすいことが明らかとなった。加えて、学校と地域の NGO や教会、警察、カルチャースクールなどとの横のつながりを通じ、特に社会的・経済的に不利になりがちな移民家庭の子どもの支援が行われていることがわかった。
また、本研究では、日本、ノルウェー、イギリスでのフィールド調査を行いつつ、民主的な社会統合を支えるシティズンシップ教育の理論と実践の研究も行っている。今日の社会統合をめぐる学術的論点の一つであるシティズンシップの解釈は、民族的・言語的・文化的にマジョリティの男性を前提とした自立した市民像であることが指摘されてきた。しかし実際には個人は様々な脆弱性を抱え、他者からのケアなしには生きられない。それは、既存の社会的正義のあり方を絶対的なものとしてとらえるのではなく、実際に弱い立場におかれている個人の声に耳を傾け、それに応えることを通じてより公正なあり方を見出そうというアプローチである。本研究では、個人の脆弱性に注目するケアの倫理の視点を取り入れ、マイノリティの排除や抑圧の再生産とならないシティズンシップ教育の理論的枠組みについても考察した。

「包摂的シティズンシップ教育のアプローチの四象限」
(引用元:Kitayama, Hashizaki & Osler, 2022: 36)

研究の意義と将来展望

2018年の入管法改正により、日本における移民受け入れは新たな段階に入ったと言える。かれらは単なる「労働力」ではなく、他の人々とつながり、地域社会で生きていく市民である。「違い」を強みにし、民主的な社会を維持するためには、それを支える教育のあり方も、均質な社会を前提としたものではなく、多文化社会における共生を目指したものに再構築していくことが喫緊の課題である。
国際比較研究には、異なる社会的・文化的文脈の事例から相互に学び、よりオープンで民主的な社会の実現のために有効な教育のあり方を共に検討するという意義がある。また、日本の教育機関や民間団体とも連携し、実践的な知見を日本の教育現場に還元していきたいと考えている。

担当研究者

准教授 北山 夕華(人間科学研究科)

キーワード

多文化社会/教育/国民形成/シティズンシップ教育/ノルウェー/イギリス

応用分野

教育/子ども・若者政策

参考URL

https://www.researchgate.net/profile/Yuka-Kitayama
http://lifelong.hus.osaka-u.ac.jp/index.html

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2023(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。