研究 (Research)
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ベンサミアナタバコによる機能性トリテルペノイドのオンデマンド異種高生産 (“High-yield bioactive triterpenoid production by heterologous expression of biosynthetic genes in Nicotiana benthamiana”)
准教授 關 光(工学研究科 生物工学専攻) SEKI Hikaru (Graduate School of Engineering)
研究の概要
ロコモティブシンドローム(運動器症候群)は、加齢に伴う筋力の低下や関節の病気などにより運動器の機能が衰えて、要介護になるリスクが高い状態とされています。オリーブ果実に含まれる微量成分のマスリン酸(植物トリテルペノイドの一種)には、ロコモティブシンドローム予防効果が確認されておりサプリメント(機能性表示食品)としても販売されています。
私たちは、ベンサミアナタバコ葉へのアグロ浸潤法(植物細胞に外来遺伝子を導入する能力を持つ土壌細菌であるアグロバクテリウムを葉組織に注入して外来遺伝子を発現させる手法)を用いてマスリン酸合成に関わる酵素群を大量発現させました。その結果、オリーブ果実の約20倍に匹敵するマスリン酸(約27mg/g乾重)含有量をアグロ浸潤後1週間で達成することに成功しました。
研究の背景と結果
植物が産生するトリテルペノイドには健康機能性成分として知られているものが数多くあります。本研究で異種生産に成功したマスリン酸は高齢者の運動機能改善効果が確認されておりサプリメントとしても販売されています。
ベンサミアナタバコ葉へのアグロ浸潤法による一過性遺伝子発現法はヒトに感染性を持つ病原体の混入リスクが低いことから医薬用タンパク質の生産方法として注目されています。
私たちは、本手法をマスリン酸の生産に適用しました。植物細胞核内で自己複製するジェミニウイルスレプリコン型ベクターを用いてマスリン酸生合成に関わる5つの酵素を一過的に大量発現させることでベンサミアナタバコに内在の基質(オキシドスクアレン)からマスリン酸を最も豊富に含むとされるオリーブ果実の約20倍の濃度に匹敵するマスリン酸を生産することに成功しました(Romsuk et al. 2020)。ベンサミアナタバコの栽培に4〜5週間を要するもののアグロ浸潤後1週間程度で上記の生産性を達成したことから本手法が有用トリテルペノイドのオンデマンド生産に適していることが示されました。本手法はまた、生合成酵素が同定されていれば、導入遺伝子の組み合わせを変えることであらゆるトリテルペノイドの生産に適用が可能です。
例えば、熱帯性植物のバナバから抽出され血糖低下を促進するホルモンであるインスリンと同様な作用を持つことが知られているコロソリン酸はマスリン酸と比較的類似した構造を有しており、今回使用した5つの酵素のうちの一つのみを別の酵素に置き換えることでベンサミアナタバコでの高生産が可能であることをすでに確認しています。他にも私たちは、生薬として知られる甘草根に含まれ天然甘味料としても多用されるグリチルリチンなど、様々なトリテルペノイドの生合成酵素を同定していることから(Chung, Seki et al. 2020, Seki et al 2018)、本手法を様々な有用トリテルペノイドの生産に応用し社会実装に繋げたいと考えています。
研究の意義と将来展望
本研究で、ベンサミアナタバコ葉での一過的な生合成酵素の大量発現により短期間でオリーブ由来の希少な健康機能性成分であるマスリン酸の高生産が可能であることを実証しました。私たちは、マスリン酸以外にも生薬である甘草に含まれるグリチルリチンなどの多くの機能性トリテルペノイドの生合成酵素を明らかにしています。そのため今後、様々な機能性トリテルペノイドの生産に同手法を適用することが可能です。
植物機能性トリテルペノイドには材料植物における含有量が非常に低いものや、希少な植物にしか含まれず野生植物の採取による環境破壊が懸念されているものなどが多く存在します。そのため、本研究を発展させ、環境にやさしく持続的な機能性トリテルペノイドのオンデマンド生産システムの構築と生産実証を行い、企業との共同研究を通して社会実装に繋げたいと考えています。
担当研究者
准教授 關 光(工学研究科 生物工学専攻)
キーワード
ファイトケミカル/機能性成分/サプリメント/薬用植物
応用分野
医療・ヘルスケア/機能性食品/工業原料
参考URL
http://www.bio.eng.osaka-u.ac.jp/pl/index.html
https://researchmap.jp/read0152753