研究 (Research)
最終更新日:
前言語期乳児による第三者罰
教授 鹿子木 康弘(人間科学研究科 行動生態学講座)
研究の概要
これまでの先行研究により、12ヵ月以下の言葉をしゃべれない赤ちゃんに、他者の行動の良し悪しを評価するといった道徳的な判断能力が備わっていることが知られていました。しかし、①道徳的判断ができるといっても、道徳的にふるまうかどうかは保証されない(例、善悪判断ができても、悪いことをする人がいる)、②12か月以下の赤ちゃんは、運動能力が未発達なため、他者に対して道徳的な行動を示すことができないといった2つの理由から、赤ちゃん自身が他者に対して道徳的な行動をとるかどうかは未解決の問題でした。
本研究では、乳児の視線とコンピューター画面上で生じるイベントを連動させることにより、視線によってコンピューター画面上の悪者を罰することができる新しい実験手法を開発しました(図1と図2)。そして、5つの実験から、8ヵ月の乳児が、コンピューター画面上のいじめを行う悪者を視線によって罰することを解明しました。
研究の背景と結果
自身に直接危害を加えていない道徳的違反者を罰する行動は第三者罰と呼ばれ、あらゆる文化間で共有されたヒト特有の行動であると考えられています。この道徳的な行動傾向は、成人や幼児を対象とした多くの先行研究で確認されていましたが、その発達的な起源については未解明でした。
そこで本研究では、乳児の視線とコンピューター画面上で生じるイベントを連動させることにより、視線によってコンピューター画面上の悪者を罰することができる新しい実験手法を開発し、5つの実験により8ヵ月児が第三者罰を行うかどうかの検証を行いました。
8ヵ月児合計120人(各実験は24ずつ)が実験に参加し、パソコン画面上の幾何学図形の行為者に対する注視行動が計測されました。乳児がコンピューター画面上に提示される行為者のどちらかを注視すると、石が落ちてきて、その行為者を潰すようなイベントが発生しました(図1)。そして一方が他方を攻撃するいじめ動画の視聴の前後で、各行為者に対する注視の割合が異なるかを計測しました(図2)。もし、悪者(攻撃者)を罰しようとするなら、動画視聴後に、攻撃者に対する注視の割合が増加するはずです(実験1)。実験2-4は、実験1の注視割合の増加が、攻撃者への関心による可能性(実験2)、攻撃者が罰せられることを期待したことによる可能性(実験3)、無生物でも生起した可能性(実験4)を排除するため、実験2では罰という手段をなくし、実験3では視線の操作感をなくし、実験4では行為者の生物性を排除しました。また実験5では、実験1の再現実験を行いました。
実験1では、攻撃動画視聴の前後で攻撃者に視線を向ける割合が増加しましたが(図3)、実験2,3,4では増加しませんでした。また再現実験の実験5では、実験1と同様に攻撃者に視線を向ける割合の増加がみられました。実験2-4の結果から、上述した実験結果に対するさまざまな節約的解釈は排除され、実験1でみられた攻撃者への視線の増加には、罰に関係する意思決定が関与している可能性が高いことが示されました。そして、それが頑健な現象であることも確認されました。この発見は、第三者の立場から反社会的な他者に罰を与える行動傾向が発達早期にすでに備わっていることを示唆しています。
研究の意義と将来展望
本研究の成果は、乳児が悪者を罰する道徳的な行動(専門的には第三者罰という)をおこなうことを実証したことにあります。これは、ヒトが進化の過程で道徳的な行動傾向を獲得した可能性を示唆し、ヒトとはいかなる存在かという問いに一石を投じ、さらなる人間理解へとつながることが期待されます。また、本研究で開発された実験手法は、乳児研究の新しい実験手法の提案にもなり、当該分野のパラダイムシフトとなる可能性があります。
担当研究者
教授 鹿子木 康弘(人間科学研究科 行動生態学講座)
キーワード
乳児/第三者罰/発達/視線随伴パラダイム
応用分野
教育
参考URL
https://baby-lab.hus.osaka-u.ac.jp/
https://researchmap.jp/7000008067/