研究 (Research)
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西欧ルネサンス期の人文学・視覚芸術・自然科学における創造的記憶と情報処理の諸相 (Various aspects of creative memory and information processing in the humanities, visual arts and natural sciences during the Western European Renaissance)
教授 桑木野 幸司 (人文学研究科 芸術学専攻アート・メディア論コース) KUWAKINO Koji (Graduate School of Humanities)
研究の概要
現代社会は、人類史上、未曾有の情報爆発にみまわれている。誰もが手軽に膨大なデータにアクセスできる反面、情報夥多がもたらす様々な弊害が社会問題化してもいる。歴史を振り返るなら、人類は過去に、これと似た状況に遭遇していた。すなわち、西欧のルネサンス期(15世紀―17世紀初頭)の諸発見(新大陸/地動説/自然科学の知見…)と活版印刷術の発明である。
本研究は、多種多様な情報が爆発的に増大・流布したこの時代に着目し、当時の人々が大量の知識やデータとどう対峙し、それらを効果的に処理・再活用するための知的ツール(ソフトウェア)を開発しようとしていたのかを、領域・メディア横断的な視点から分析する。過去の人々が生み出した独創的な知見を通じて、現代の情報化社会に対する有効な提言を試みたい。
研究の背景と結果
かつて西欧の社会には、「記憶術」と呼ばれる摩訶不思議なメソッドが存在した。古代ギリシア・ローマの弁論術に由来する記憶強化法で、元々は長大な演説原稿を暗唱するためのテクニックであった。その古めかしい技巧が、ルネサンス時代に復活する。ただしそれは、もはや弁論の暗記のためではなかった。
記憶術を実践するには、まず、記憶データの入れ物となる建築空間を、脳裏に刻み込むことからスタートする。普段見知った建物や街並みを、頭の中で自在に動き回れるぐらい克明に内面化するのだ。次いで、実際に記憶したい事柄を、その要点を表すイメージ群に変換してゆく。戦争なら剣、平和ならオリーブの枝を咥えた白い鳩、といった具合。そして、それら一連の画像を、最初に準備した脳内の建築空間に順番に置いてゆく。これで準備完了。データを取り出したい時に、仮想の建物を精神内で散策し、イメージに出会うたびに、そこに託された情報を取り出してゆくのだ。
一見煩雑に見えるものの、場所・画像・秩序に基づくこの手法を用いることで、膨大な情報が効率よく覚えられるのみならず、蓄えたデータを心のなかで自在に加工して、知的創造活動に応用できることが、現代の医科学的な研究によって明らかにされている。ルネサンス時代にこのテクニックが流行した背景には、同時代の情報夥多への対処という側面が大きかった。そのため、古代の暗記術をそのまま復活させるのではなく、様々に応用が加えられた。
本研究ではこの記憶術をキーワードに、ルネサンス期の文芸・哲学や視覚芸術における新たな概念や作品の着想、アレンジ、あるいは自然科学研究におけるデータ処理や情報編集の工夫などにみられる、「創意」・「創造性」に焦点を当て、新たな知の産出のメカニズムを探っている。文学作品や絵画、建築、庭園などの分析を通じてこれまでに明らかになったのは、①ルネサンス期には創意と記憶が密接に結びついていたこと、②記憶術を通じてテクスト(文)・イメージ(画)・スペース(空間)を自在に往来するダイナミックな知性が涵養されていたこと、③精神内面と外界とを有機的に一体化した独創的な情報処理システムの構築が目指されていたこと、などである。いまだコンピュータや大容量記憶装置のなかった時代に、これだけのマルチメディア・データベースの構築が試みられていたことは、驚きというほかない。
研究の意義と将来展望
ルネサンス時代はいまだ、人の生得の記憶力や想像力に信頼を置き、その限りあるリソースを有効に活用するための、様々な方法論や工夫が試みられた時代であった。それらのいくつかは、後のコンピュータの原理や、図書分類システム、生物分類体系などに発展していったが、それ以外にも、現代の知の洪水への処方箋となりうる貴重なアイデアや、現代の記憶が貧困化した都市空間を活性化するヒントがたくさんあるはずである。そうした古き知をもって、現代を豊かにしてゆければと思う。



担当研究者
教授 桑木野 幸司 (人文学研究科 芸術学専攻アート・メディア論コース)
キーワード
記憶術/建築/ルネサンス/修辞学
応用分野
AI、マルチメディア・データベース
参考URL
http://artsandmedia.info/category/home/
https://researchmap.jp/pisagarden
