研究 (Research)
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児童福祉領域におけるトラウマインフォームドケア(TIC)(Trauma-Informed Care in Child Welfare Settings)
教授 野坂 祐子 (人間科学研究科 臨床教育学講座) NOSAKA Sachiko (Graduate School of Human Sciences)
研究の概要
災害や事故、犯罪といった衝撃的な体験は、トラウマ(心的外傷)となりうる。なかでも、虐待や DV 等の逆境的環境で育つ子どもへの影響は深刻であり、認知・心理・身体・行動面に問題が生じやすい。周囲を〈危険〉と認識し、自他への〈不信〉が高まるため、落ち着きがなくなり、攻撃的な言動が増える子どももいる。
そのような状態を〈問題行動〉とみなし、𠮟責や排除で対応すると、子どもの状態は一層悪化する。この悪循環を断ち、トラウマの影響を理解して関わることをトラウマインフォームドケア(Trauma Informed Care: TIC)という。
近年、TIC は、精神健康や社会的公正にかかわる公衆衛生アプローチとして国際的に広く推進されており、日本においても TIC の実装が火急の課題とされている。
研究の背景と結果
TIC は、トラウマ症状の軽減のためにトラウマ記憶の処理を行う治療や心理療法とは異なり、日常生活のなかでトラウマによる影響を悪化させずに、本人と周囲の〈安全・安心〉を高めていくアプローチである。そのため、あらゆる領域や現場での活用が可能であり、さまざまなトラウマや逆境を体験した人々の回復する力(レジリエンス)を高めていくものである。日本の歴史的・文化的な背景から、トラウマに触れることは長く禁忌(タブー)とされ、家庭内でのトラブルや性被害はしばしば〈恥〉とみなされてスティグマ化されてきた。
「なかったことにする」「忘れなければならない」という社会的否認のなかで、被害者は孤立し、沈黙を強いられてきた。また、小児期のトラウマ体験の影響は、成人後の依存行動(アディクション)や社会適応、心身の健康や寿命にまで影を落とすことが明らかとされており、トラウマを否認することの弊害は、個人のみならず社会全体にも及ぶといえる。研究では、トラウマや逆境体験がどのような影響をもたらすのかを調査するとともに、その結果を児童福祉や教育現場の教職員に還元するために、それぞれの現場に特化した心理教育の教材等を開発している。
心理教育とは、トラウマの理解や対応の基本を説明することであり、対象者の年齢発達や状態などニーズにあわせた内容や方法で伝達する。さらに、心理教育を行う立場の支援者や教職員へのサポートとして、子どものアセスメントや対応の原則を示し、支援にあたる人のメンタルヘルスに関する情報提供も行っている。いずれも児童相談所や学校との協働によって開発されたツールであり、現場で広く活用されている。従来、見過ごされてきた暴力を認識し、被害者への影響を理解しながら、公正な社会に向けた取り組みを行う TIC は、心理的支援にとどまらず、安全で公平な社会構築につながるものと考えられる。
研究の意義と将来展望
虐待やネグレクト、性暴力に介入する支援者は、さまざまな緊急的判断を余儀なくされるうえ、援助対象者である子どもや保護者から敵意を向けられる立場でもあり、精神的疲弊が著しい。
対象者と支援者との間でトラウマティックな関係性が再演されるという〈並行プロセス〉も生じやすいため、支援者や組織が TIC を理解し、二次受傷と呼ばれる影響を最小化することが求められる。学校においても、トラウマをかかえた子どもへの対応には苦慮することが多く、どのようにトラウマに配慮した教育を行うべきか、具体的な支援策を検討していく必要がある。

担当研究者
教授 野坂 祐子 (人間科学研究科 臨床教育学講座)
キーワード
トラウマインフォームドケア/心理教育/児童福祉/学校
応用分野
公衆衛生、心理教育、トラウマ
参考URL
http://csh-lab.com/
https://kyoshin.hus.osaka-u.ac.jp/
https://researchmap.jp/read0116675
