研究 (Research)
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文理融合の観点からの政治と物質に関する一考察(A study on politics and matter from the perspective of the integration of humanities and sciences)
助教 高原 渉(工学研究科 マテリアル生産科学専攻) TAKAHARA Wataru (Graduate School of Engineering)
取組要旨
アインシュタイン博士については、イスラエルの大統領就任要請を辞退したことが知られています[1]。客観的事物を扱ってはきたが人間を適切に扱う能力には欠けているという博士の意について、これは、文理融合[2]、総合知について考えるときに、あらためて再検討すべき事柄です。
大阪大学の第11代総長の山村雄一博士は、大学の入学式等で「夢みて行い、考えて祈る」という言葉を学生に送っていました。また、山村雄一博士には「樹はいくら伸びても天まで届かない それでも伸びよ 天を目指して」という言葉もあります[3]。これらも、文理融合、総合知を考える際に大いに参考になる事柄です。
いわゆる理系では、数、物質、エネルギー、情報などを扱いますが、一般に理系の原理、法則は数式によって明示され、森羅万象を少数の公理から、記号操作(機械的操作、計算)によって導こうとしてきました。その困難さは、近年になって、複雑系、カオスや量子論の分野で認識されつつあります。ここに人工知能(AI)を利用してさらなる発展を目指そうというのが一つの有望な方向です。しかし考慮しなければいけないのは、岡潔博士の「数学的論文は「主観的内容」と「客観的形式」との二部分から成り立っている」という指摘です[4]。
①すぐれた論文の主観的内容が分かるとは、いわばその人が分かったということである。
②大体の見当をつけるには、主観的最高峰に登ればよい。それを間違えて客観的最高峰に登ろうとすると、外の景色が全然見えず、また、登るのに恐ろしく手間が掛かる。
というのが岡潔博士の指摘であり[4]、現状の人工知能(AI)の援用とは、膨大なデータと電力を使い手間を減らして客観的最高峰を登ろうとすることです。
政治学を含む文系では、例えば、西洋の聖書における「愛」、東洋の論語における「仁」、日本の世阿弥が言及した「花」など、少数の言葉で普遍性を表現しようとします。しかし、例えば「仁」とは何かを明示しようとしても、これは百万言を費やしても定義できません(不立文字)。明示的に定義はできないが、しかしそれでもやはりそこには普遍性がある、普遍性を信じる、というのが、文系における「真善美」の基本的特徴です。これは政治でのいわゆる「社会正義」も同様です。法治国家では、文字列で表現される法の条文を明示的に決めて、それをもとに政策が立案・遂行されていきますが、国・社会の安寧・発展を目指し、国民の平穏な生活を守る、願う、という普遍的な想いが法の条文の根底に厳然として存在し、それが極めて重要な役割を果たしています。政治の状況、法の条文の文字列や政策は変わっていきます。しかし、政治現象の背後、根底の、「いのち」を守る、という普遍的想い、願いは変わりません。この想いそのものは、はっきりと決まった状態に定義することはできません。しかし、少なくとも(形式的)方程式よりは、より普遍的なものに思えます。文系のこの基本的特徴は、人間に限らず、物質を含む自然界を貫いている基本的原理であり、この特徴があるからこそ「創造」というものがあり得ます。
人間は、その想いや夢を、学術、技術、芸術、政治等の分野で、著書、工芸品、作品等の物質や文字列である法の条文等によって表現しようとしますが、想いそのものを表現し尽くすことはできません。この構図は化学の状況と酷似しています[5]。化学では物質の機能解明や新物質創製を行っていますが、例えば水素元素の性質というものは、H原子を含むどのような化合物、物質をもってきても、それを語り尽くすということはできません。これは、化学理論を深化させれば語り尽くせるようになる、という問題ではなく、物質そのものの本性に根ざした原理的な問題です[5]。学術や芸術、政治等の人間精神に係わる問題や、また、人間は生きているのかそれとも生かされているのか、といった問題は、その基本的構図が既に物質のレベルであらわれています[5]。物質科学は既に精神科学と通底しています。量子論の解釈、生命の起源、人間精神の起源、の問題は、物質の見方、捉え方を変えて、無生物・物質から生物・人間を眺めるのではなく、逆に、生物という物質、人間という物質こそが物質の本性である、との認識が重要です。
「いのち」は生物だけに関係するものではありません。「いのち」とは、生物、無生物を問わず、物質が本来持っている基本的特徴を指し示す言葉です。理系での、数式で明示される物理法則に厳然と従うようにみえる物質が示す描像。一方、明示的に定義することができない、いわば「天」とでも表現しておくしかない普遍的なものに影響されているようにみえる、文系、政治での人間という物質が示す描像。どうも自然界は、前者ではなく後者に近いように思えます。物理法則に従う、というのは、単に物質の記憶機能、物質の記憶・歴史と忘却、進化という現象の一部を切り取っただけの描像であるように思えます。いずれにしろ、今後の物質の化学、物質の科学では、政治での諸現象をも意識・包容した考察が必須になっていくものと思われます。

【参考文献】
[1] 米沢富美子 著, 人物で語る物理入門 (下), 岩波新書 (2006) p.32
[2] 高原渉, 人間基盤物質科学の創成, 大阪大学研究推進室文理融合研究戦略ワーキング報告書「文理融合研究の展望」 (2007) pp.187-191, 大阪大学学術情報庫OUKA 内 https://hdl.handle.net/11094/79126
[3] 岸本忠三 および 平野俊夫, 歴代会長・理事長インタビュー 山村 雄一会長(1971-1974) 山村雄一先生の思い出(岸本忠三先生インタビュー)および(平野俊夫先生インタビュー), 日本免疫学会ホームページ 内
https://www.jsi-men-eki.org/interview-yamamura/
[4] 岡潔, 数学に於ける主観的内容と客観的形式とについて (草案), (1953), 奈良女子大学附属図書館, 岡潔文庫 内
https://www.nara-wu.ac.jp/aic/gdb/nwugdb/oka/fram/edu/j2.html
[5] 高原渉, 物質化学的視点による電子計算機と人間の比較, DV-Xα研究協会会報, 17 (2004) pp.264-266
※参考URL
https://researchmap.jp/read0042811
※本内容につきましては 大阪大学大学院 工学研究科2021、2022、2024 研究シーズ集もご参照ください。
https://www.cfi.eng.osaka-u.ac.jp/seeds/
担当研究者
助教 高原 渉(工学研究科 マテリアル生産科学専攻)
キーワード
文理融合/総合知/主観と客観/量子論の解釈/生命の起源/人間精神の起源/物質/いのち
応用分野
AI・データ/情報・通信/バイオ/光・量子/カーボンニュートラル/エネルギー/革新的マテリアル/触媒・分子技術/資源循環/サーキュラーエコノミー/医工連携/ヘルスケア
