研究

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イノベーション実現のためのSEDAモデルとアート思考のものづくり

教授 延岡 健太郎(経済学研究科)

  • 人文学社会科学系
  • 経済学研究科・経済学部

研究の概要

イノベーションの目的は新しい顧客価値の創出である。現在、技術そのものの価値ではなく、経験価値やソリューションが求められているが、日本企業はうまく対応できていない。カタログや仕様書で明示できる機能的価値ではなく、顧客が主観的に意味付ける意味的価値が重要だ。

本研究は、イノベーション創出に向けて、Science、Engineering、Design、Artから構成される理論枠組み「SEDAモデル」を提言した(図1)。機能的価値か意味的価値かという「価値の暗黙性」と、既存の課題を解決するのか、新しい価値を提起するのかという「価値の革新性」で定義される。機能的価値で新たな可能性を探索するのがサイエンス、問題を解決するのがエンジニアリング、一方、意味的価値で問題を解決するのがデザイン、革新的な問題提起をするのがアートだ。これらを統合的に活用して、顧客価値を最大化する重要性を明確にした。特に、統合的な価値構想に長けた文理融合のSEDA人材の育成と活用に取り組んでいる(図2)。

図1 SEDA モデル
図2 SEDA 人材による統合的価値創出

研究の背景と結果

SEDAモデルの中で、特に2方向の検討が求められる。第一に、機能的価値主体のエンジニアリングから、意味的価値を具現化するデザインを統合する方向性だ。客観的な論理的思考に依拠するエンジニアリングと、主観的な感性を重視するデザインでは、根本的に問題解決の思考プロセスが異なる。前者は数字や文章で表される機能的価値の向上を目指すのに対して、後者は顧客の感じ方や使い心地などの意味的価値を目標にする。そのため、同じチームで協同させても議論が噛み合わない。そこで、文理融合した人材が必要であり、英国ダイソン社が先進的な取り組みをしてきた。創業時から主要技術者は、大学で両方の教育を受けたデザイン・エンジニアで、技術的にも優れ、使いやすく、見栄えも良い商品を開発してきた。

第二に、意味的価値の中でも、デザイン思考を超えたアート思考への方向性である。顧客に迎合するのではなく、独自の哲学や革新的なコンセプトを表現して、想定を超えた感動と驚きをもたらす(図3)。中途半端なアート思考は、自己満足に終わるので、顧客が感動するまで決して妥協しない執念が特に重要である。

アート思考を象徴するのはAppleのスティーブ・ジョブズだ。ストレスや束縛を感じない「自由」の哲学を世界に表現し続け、多くの顧客が心酔した。日本では、マツダの魂動デザインである。共に、感動を生み出すために、顧客調査や競合分析ではなく、自分たちが理想とする哲学に基づいて商品開発をする。

魂動デザインは、単なる機械を超えた魂や生命感を表現する。また、高速で走っても安定した躍動感と美しさを訴求する。その「御神体」として選んだのが、危なげなくアフリカの大地を美しく駆け巡るチーターだ。その理想に到達するまで何度も自問自答を繰り返す。それによって、完成度が高まると共に、魂が込められる。製造技術者も、アート作品を一緒に造る熱意にあふれ、金型を彫刻家のように繊細に削る。

なお、アート思考が重要なのはデザインだけでなく、感動をもたらすための商品・技術開発全般に応用可能である。

図3 アート思考の条件

研究の意義と将来展望

日本企業の技術者は機能的価値の創出で止まり、社会的に求められているイノベーション創出の役割を果たしていない。流行りのデザイン思考は、日本企業には合わない。アート思考で、日本のものづくり哲学を世界に発信する方が重要だ。本研究はデザイン思考の限界とアート思考の可能性を探索し、SEDA人材による統合的価値の最大化のメカニズムに取り組んできた。将来は、その実現に向けたマネジメントのあり方を産学協同で進める。

担当研究者

教授 延岡 健太郎(経済学研究科)

キーワード

商品開発/意味的価値/デザイン思考/アート思考/SEDAモデル

応用分野

経営教育/商品開発/経営戦略

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2022(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。