研究

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腸内細菌による潰瘍性大腸炎増悪メカニズムの解明と治療への応用

准教授 香山 尚子(高等共創研究院)、教授 竹田 潔(医学系研究科 免疫制御学)

  • 医歯薬生命系
  • 医学系研究科・医学部(医学専攻)
  • 全学・学際など
  • 高等共創研究院

研究の概要

大腸や小腸などに慢性の炎症や潰瘍が生じる難治性疾患である炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病など)では、「腸内細菌叢の乱れ」「腸内細菌が産生する代謝産物の種類や量の変化」が発症および病態形成に深く関与すると考えられている。しかし、その制御にかかわる分子メカニズムについては不明な点が多い。本研究グループは、上皮細胞に発現する膜型 ATP 分解酵素 E-NTPD8が増殖期の腸内細菌が腸管腔内に分泌するアデノシン三リン酸(ATP)の分解に必須であること、潰瘍性大腸炎患者の大腸上皮細胞ではENTPD8 mRNA の発現が低下していることを見出した。Entpd8の欠損に伴いマウス腸管内で増加した腸内細菌由来 ATP は、P2X4受容体を介して細胞内代謝経路の一つである解答系を亢進させることにより好中球のアポトーシスを抑制し、好中球の増加を伴う大腸炎の重症化にかかわることを明らかにした。

研究の背景と結果

潰瘍性大腸炎(UC)は、本邦を含め世界的に患者数が増加している。腸内細菌の代謝産物であるの一つである細胞外 ATP は、P2X/P2Y 受容体を介して免疫細胞を活性化する。過剰な炎症応答は UC の発症や増悪の原因となるため、大腸において細菌由来 ATP の濃度は厳密に制御される必要がある。しかし、そのメカニズムについては未解明な点が多い。
我々は、マウス大腸において E-NTPD8が上皮細胞特異的に高発現していること、UC 患者の大腸上皮細胞ではENTPD8 mRNA の発現が低下していることを見出した。そこで、E-NTPD8が UC におよぼす影響を明らかにするためEntpd8 欠損(Entpd8-/-)マウスを作成した。Entpd8-/- マウスの便では ATP 濃度上昇が示されたが、抗生剤投与により便中 ATP 濃度は野生型マウスと同程度にまで低下した。UC 様腸炎を誘導するためデキストラン硫酸炎を投与したEntpd8-/- マウスでは、好中球の増加を伴う大腸炎の重症化が示された。Entpd8-/- マウスの大腸炎は、(1)抗 Gr-1抗体投与による好中球の除去、(2)ATP 受容体P2rx4欠損により大腸炎の症状が改善した。大腸好中球を分解されない ATP(ATPγS)で刺激したところ、細胞死の一種であるアポトーシスの起こる割合が低下することが示された。また、細胞内代謝経路の一つである解答系を止める試薬2DG を加えると ATPγS によるアポトーシス抑制は起こらなかった。
さらに、ATPγS で刺激した大腸好中球では、P2X4受容体を介して Ca2+ シグナルの活性化が起こるとともに解答系の活性指標である細胞外酸性化速度の値が高くなることが示された。これにより、E-NTPD8による腸内細菌由来 ATP の分解は、P2X4受容体を介した好中球細胞内代謝リプログラミングによる大腸炎の重症化を防ぐために必須であることが明らかとなった。

図1 E-NTPD8による好中球依存的大腸炎の抑制
(A) ヒト大腸上皮細胞におけるENTPD8 mRNA の発現。(B and C) デキスト
ラン硫酸塩の重症度。大腸炎活動性指数(disease activity index score): 下
痢 重症度スコア(0-4)と血便重症度スコア (0-4)の合計。
図2 腸管恒常性維持における E-NTPD8による細胞外 ATP 分解の役割
膜型 ATP 分解酵素 E-NTPD8は、腸内細菌が分泌した ATP を分解し、P2X4受
容体を介した好中球の解糖系促進とそれに伴う寿命延伸を抑制する。このメカニ
ズムは、上皮バリアの異常が起こった際、好中球の増加を原因とする大腸炎の重
症化を防ぐために必須である。

研究の意義と将来展望

多因子疾患であり、未だ根本的治療法は確立されていない炎症性腸疾患では、症状に合わせた多様な治療法の開発が望まれている。本研究成果により、炎症性腸疾患の重症化につながる宿主免疫細胞内代謝リプログラミング機構の一部が明らかとなり、細胞外 ATP や P2X4受容体シグナル経路を標的とした治療法および診断法の開発が加速することが期待される。

担当研究者

准教授 香山 尚子(高等共創研究院)、教授 竹田 潔(医学系研究科 免疫制御学)

キーワード

潰瘍性大腸炎/腸内細菌叢/代謝産物/上皮細胞/免疫細胞

応用分野

医療・ヘルスケア/創薬

参考URL

https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/ongene/

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2023(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。