研究 (Research)

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50年来の謎であった抗生物質アムホテリシンBのイオンチャネル構造を解明 (Elucidating the ion channel structure of the antibiotic amphotericin B, solving a 50-year-old mystery)

助教(現特任学術政策研究員) 梅川 雄一(理学研究科 化学専攻(現経営企画オフィス))、教授 村田 道雄(理学研究科 化学専攻) UMEGAWA Yuichi , MURATA Michio (Graduate School of Science)

  • 理工情報系 (Science, Engineering and Information Sciences)
  • 理学研究科・理学部 (Graduate School of Science, School of Science)

English Information

研究の概要

真菌感染症は、新型肺炎の合併症としてインドにおいて大過となったムコール症(後述)のように致死性が高い。カビなど真菌に対する薬物の選択毒性の作用メカニズムは、細菌とはまったく異なり、治療薬の開発を難しくしている。アムホテリシン B(AmB、図1)は重篤な全身感染症の治療に使用可能な抗生物質であり、真菌細胞膜に含まれるエルゴステロール(Erg、図1)とともに AmB が形成するイオンチャネルが殺真菌作用の本体であると推定されてきた。最初の仮説が提唱された1974年以来、このイオンチャネルの構造は不明のままであった。筆者らは、この難問を解くべく固体核磁気共鳴(図2)に着目し、分子の数や特定の部位間の距離を測定することに成功した。その情報を基に分子動力学シミュレーションの助けを得て、イオンチャネル全容を世界に先駆けて明らかにした(図2)。

図1.AmB とErg の化学構造。AmB 分子がErg を含む真菌の生体膜でのみイオ
ンチャネルを形成し、真菌類を死滅させる。一方で、AmB は人の細胞膜のCho
とも相互作用するので副作用の原因となる。
図2.固体NMR 装置(左)を用いて3次元的な分子配置の情報を複数取得し、そ
れら条件を満たすよう構造を組み立てた(右)。

研究の背景と結果

AmB は、カンジダ属などの複数の真菌(カビ)に対して優れた抗真菌活性をもつことから、頼りになる治療薬として長年使われている。例えば、免疫機能が低下した新型コロナウイルス感染者は、しばしばカビなどに感染する。特に、黒色真菌感染によって、ムコール症と呼ばれる真菌感染症は致死性が高く、インドでは大問題になった。その治療に AmB が広く用いられ、多くの人命を救っている。一方、AmBには優れた治療効果とは裏腹に腎毒性などの重篤な副作用があり、臨床上の大問題となっている。この解決には、AmB の薬理作用と副作用のメカニズムを解明しなければならないので、世界中で多くの研究者がこの難題に取り組んできた。
本研究成果によって AmB の薬効メカニズムの本体であるイオンチャネルの構造が明らかになり、それに基づいて薬理活性や副作用の分子機構が推定できるようになった。今後、副作用を抑えた AmB 誘導体の開発が可能となることを期待している。特に、AmB がエルゴステロールとコレステロールの構造を厳密に見分けている訳ではなく、チャネル会合体がさらに集合して薬理活性を安定的に発現するために必要な分子会合体の寿命が両ステロール膜で異なることこそが選択毒性の発現の鍵であることを明らかにした(図3)。
また、本研究で用いた実験・計算の組み合わせ方や活性発現機構のアイデアは、薬物の作用機構に関する残された難問、例えば創薬のターゲットにもなっている膜タンパク質の阻害剤開発に対しても示唆を与えると期待している。

図3.AmB の薬理作用と副作用がステロールの違いによって生じる機構について
の仮説。真菌のErg を含む細胞膜では、イオン透過性のAmB-Erg 会合体は充分
安定であり、膜中を移動して大きな集合体(薬理作用の本体、右端)を形成する
ことができる。一方、人のCho を含む細胞膜では、AmB-Cho 会合体の安定性は
不十分であり、大きな会合体を形成する前にAmB が不規則に凝集し、イオン透
過があまり起こらない。

研究の意義と将来展望

本研究で明らかにしたイオンチャネルの構造によって、AmB の薬理作用や深刻な副作用を分子構造に基づき説明できるようになった。すなわち、副作用を抑えた AmB 誘導体や新規抗真菌薬の開発の足掛かりとなる可能性がある。また、本研究で用いたアプローチは、薬理活性物質の作用機構に関する残された難問、例えば創薬で重要な膜タンパク質の阻害剤開発に対しても重要なヒントとなる。

担当研究者

助教(現特任学術政策研究員) 梅川 雄一(理学研究科 化学専攻(現経営企画オフィス))、教授 村田 道雄(理学研究科 化学専攻)

キーワード

抗真菌剤/脂質二重膜/固体NMR/分子動力学計算

応用分野

創薬/医療・ヘルスケア

参考URL

https://www.jst.go.jp/report/2022/220707.html
https://researchmap.jp/yuichi_umegawa
https://researchmap.jp/quay

※本内容は大阪大学共創機構 研究シーズ集2024(未来社会共創を目指す)より抜粋したものです。